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2011/04/17

桂小文枝(五代文枝)「辻占茶屋」ほか

【世紀末亭】2011年4月17日定期アップ

●桂小文枝(五代文枝)「辻占茶屋」
「所帯を持つので、母親が預けた金を出してくれ」甥の源やんがやって来た。聞けば相手は難波新地(なんばじんち)・神崎屋の抱えで梅乃というではないか。梅乃といえば噂に聞く性悪女、思いとどまるよう説得するのだが、完全に洗脳されて聞く耳を持たない。そこで「今日、友達と喧嘩して、弾みで殺めてしまった。人を殺した以上生きていることはできない、俺が死んだら線香の一つも上げてくれ」と言って「一緒に死にます」と答えれば、身請けの金から所帯を持つまで全部面倒見てやると、梅乃の本性を試しに行かせることに……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug295.htm

●桂文太「幾代餅」
新町・吉田屋の幾代大夫の錦絵を見て、コロッと恋患いで寝込んでしまった米屋の清蔵。親方が見かね「一年間、一生懸命働いて金を貯めたら、俺が会わせてやる」慰めの言葉をかけると現金なもので体調回復し、モリモリ働きだし、光陰矢のごとしの今日はちょうどその一年。医者の大藪先生を仲介に「京は伏見の造り酒屋の若旦那」と身分を偽って御茶屋へ上がると、興が乗らなければ大名でも会わないという幾代大夫、どこがどう気に入ったものか清蔵と一夜を共にすることに……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug296.htm

             * * * * *

【ポタリング記録】
朝、目ぇ覚ますと天気がええ、住吉さんにでも……、住吉大社はその昔、浜辺に建立された海の神様でした。境内のすぐ西には海が広がっていたと言います。しかし、人の営みはエゲツナイものでして、生活のために埋め立て、埋め立てしてどんどん海は西へ西へと遠のいて……、ということで、どれぐらい遠のいたか、この身で実感してまいりました。いや~、遠かった (^^♪

■2011/04/11 「住吉駕篭」+南港ポタ(住吉大社・大阪南港・大国主神社・産湯稲荷)(走行距離45.10/走行時間3:02/平均時速14.8/最高時速30.2)

出発
 ↓ ポタ
日本橋→住吉大社→大阪南港→難波→産湯稲荷
 ↓ ポタ
帰宅

走路軌跡(ATLAS ASG-CM12):

20110411_007

 ▲ 住吉大社・太鼓橋

20110411_032

 ▲ 住吉の高灯籠(我が国最初の灯台)

20110411_039

 ▲ 大阪南港フェリーターミナル(住吉大社からおおよそ5.5km)

20110411_053

 ▲ 天王寺区小橋町・産湯稲荷神社

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