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2010/10/17

桂文枝「莨(たばこ)の火」ほか

【世紀末亭】2010年10月17日定期アップ
 
●桂文枝「莨(たばこ)の火」
泉佐野から駕籠に乗り紀州街道を北へ北へ、堺まで来てちょっと乗りくたぶれたんでテクテク住吉っさんへ着いたところ、駕籠屋が呼び止めた「もし旦那、へぇ駕籠」また駕籠に乗り北へブラリブラリ「わたしのようなもん、大阪で遊ばせてくれるところはないじゃろか?」さいわい、駕籠屋の知人が北新地(きたのしんち)綿富で女中頭をしているので「一見さんでもご案内さしていただきます」と、綿富に着くと、駕籠賃と祝儀三両を帳場で立て替えてもらい、見習い衆への祝儀十両を借り、芸妓の祝儀二十両、幇間衆三十両。しかし、御茶屋の皆さんへ五十両用立てというところで、いくら何でも帳場も貸し渋った。すると持っていた行李にギッシリ詰まった小判を取り出して、最初に借りた三両の倍返し六両、次も倍の二十、四十、六十両を支払い、残りの小判を座敷にばら撒き「皆、好きなだけ拾いなされや」スックリ使い切って、雪駄の音をばシャ~ラ、シャ~ラ、シャ~ラ。夜の町へ消え去るこのお方はいったい誰なのか……?
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug271.htm

●露の五郎(五郎兵衛)「紀州飛脚」:並艶笑噺
「大至急この手紙を和歌山まで届けてもらいたい」飛脚を生業とする専門職ではなく、今で言う便利屋さん、町飛脚が呼ばれます。尻からげしてひとっ走りといきたいのですが、この男、一物が極端に大きくフンドシに納まりきらないものですから締めてない。それでは引きずってしまうというので、上向けて帯でくくると喉を突く、横向けたら袖から顔を出す。しかたがないので、両手で抱え右に左にバランスを取りながら走り出しよった。途中尿意を催しますが「ションベン一町、糞八町」休んでいては遅れるので、♪ジャジャ・ジャッジャと撒き散らしながら走ったものですから、野原で昼寝していた劫経(こうへ)た狐の頭にジャジャ・ジャッジャ。さぁ、怒ったの怒らんの、怒ったんです。「おのれ~憎っくきあの飛脚、帰り道をば~覚えておれ……」
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug272.htm

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2010/10/03

桂梅団治「竹の水仙」ほか

【世紀末亭】2010年10月3日定期アップ
 
●桂梅団治「竹の水仙」
大津の近江屋佐兵衛という宿に十日前から泊まっているむさくるしい客、毎日まいにち酒を五升喰らい、肴にタイ出せヒラメ出せ。そのくせ、宿賃は一銭も払わないもんですから心配になり、一旦勘定を済ませてもらおうと話しにいくと「金は無い……。が、払う段取りをしょ~か」亭主を裏の竹薮へ案内させ、手ごろな孟宗竹を切らせて、部屋にこもるとコツコツ、コツコツ何やら作り始めた。やがて「桶にいっぱいの水を張り、これを放り込め、表へ出して『売りもん』という札を下げとく、朝には必ず買い手が付く」竹でこしらえた水仙のつぼみを手渡した。気のえぇ亭主、言われたとおり表へ出してゴロリと寝てしまったその明け方、肥後熊本五十五万五千石、細川越中守さまの大名行列が……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug269.htm

●(六代)笑福亭松鶴「誉田屋(こんだや)」
京都三条室町の誉田屋という大きな縮緬問屋さんに、お花さんという一人娘がおりました。蝶よ花よと大事に育てられたんですが、どうしたものかふとした風邪で病の床につきまして、医者や薬や加持祈祷、いろいろ手を尽くしましたが、ここ二、三日が危ない。ご両親がお花さんに何か望むことはないか尋ねますと「もしも死んだら、髪は下ろさず綺麗に化粧して、三百両のお金を添えて土葬にしとくれやす」ほかに何か思い残すことは?「はい、四条新町のシン粉屋新兵衛のシン粉が食べとおます」というので、買って来たシン粉を一口、二口、三口目を飲み込んだとき「ん~んッ」そのまま息を引き取ります。明くる日、お花さんの望みどおりお葬式を済ませましたその晩、番頭の久七が「お上に知れてもいかんし、これから墓原行って掘り起こしたろ。せや、三百両の金持って逃げたろ」姿を消して数年後、ご両親は店を親戚に任せ四国、西国、坂東へ巡礼の旅に出たある日のこと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug270.htm

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