« (二代)桂小南「福は内」 | トップページ | (二代)桂小南「尼恋」 »

2009/10/04

(二代)桂小南「とろろん」

【世紀末亭】2009年10月4日定期アップ

ここ1年ばかり夕食後のひと時、映画鑑賞をするのが習慣となりました。ビデオデッキを手に入れた30代の頃、テレビ番組表をチェックしてはノーカット、吹き替え無しの字幕スーパー限定で録画したものと、同時期に集め始めたレーザーディスク作品です。80年代以降のリアルタイム新作も多少はありますが、多くは70年代以前の古い作品、いわゆる古典映画に属する評価の定まったものを中心に、古くは1915年チャーリー・チャップリンの無声映画なんてものもあったりします。

映画を集め始めた当時、既に十分時代を経過した古典に初めて接し、30歳を過ぎたばかりのわたしの感想は「古いなぁ、絶対二度とは観ないだろうなぁ」。確かに、映画史上に残るだけあってその密度の高さは理解できても、内に込められたメッセージを読み取れず、近づけない作品がありました。

そんな作品もとりあえず消さずに棚に残しておいて二十数年経った今、あらためて観てみると感じ方に変化が生まれています。映画の古さは20年プラスされているはずなのに、中身は逆にマイナスされて古さを古いと感じない。ややこしい言い方ですな、つまり、演出されたセリフ、表情、アクションが今のわたしの年齢になって、ようやく理解できるようになった、わたしが古くなったというのでしょうか。

そういえば最近、若い頃には美味しく感じることがなく、自ら絶対好んで食べることがないだろうと思っていた、白菜や豆腐の淡白な旨味や、薄味で煮ふくめた大根の旨味がくせになり、ほぼ毎週好んでメニューに加えるようになりました。歳とともに味覚が老化しのか、歳を重ねて本来の旨さに気付いたのか、どちらにしても変化していることをはっきり感じます。

ものの良し悪し、好き嫌いに「絶対」なんてものは絶対にないのだ、時間の経過で変化する、と遅まきながら実感した2009年10月4日、今日この頃です。

●(二代)桂小南「とろろん」
贅沢にも馬の背に揺られながらの旅道中、足はくたびれないかわりに腰と背中が痛くてしょ~がない喜六・清八の二人連れ、東海道は丸子(まりこ)の宿「いちりき」へ到着した。町の寄り合いのため階下を使用中とかで、客は全て二階部屋に押し込まれるが、見知らぬ旅人同士話すのも楽しいもの、やがてひと風呂浴び嬉しい食事の時間がやってきた。そう、ここ丸子は「麦飯とろろ」が名物なのだ。しかし、麦飯はさっさと運ばれたものの肝心の「とろろ」がなかなか届かない。そこで……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug468.htm

●(初代)桂ざこば「脱線車掌」
大阪市電・南北線に乗車する車掌さん、今日は待ちに待った月給日である。メリケンパブ屋でちょっとアルコール補給ののち、業務の余禄どこまで乗ってもタダの市電に乗り込み「公園南一丁目」で降り立つと、そこはあの男の歓楽街「飛田新地」の入口だった。中に入ればさっそく客引きが声をかけ、上がったところ出て来た初会の相方は「わたし、女学校のころ市電通学していたの、あなたの顔を覚えているわ」と言いだしたではないか……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug230.htm

|

« (二代)桂小南「福は内」 | トップページ | (二代)桂小南「尼恋」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: (二代)桂小南「とろろん」:

« (二代)桂小南「福は内」 | トップページ | (二代)桂小南「尼恋」 »