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2009/02/22

笑福亭三喬「鳥屋坊主」

【世紀末亭】2009年2月22日定期アップ

V.day、ある種ヴァイオレンスなデイが無事過ぎ去り、精神的ではなく体感的な春の訪れを感じることができる季節がやって来ました。温度調節の効いた部屋の窓から眺める陽の光は眩しく目に反射し、暖かそうに見えます。けど、油断して薄着で外出するとまだまだ寒いチメタイ、あと少しの辛抱です。

季節は明るさを取り戻しはじめているのに、世の中景気はもひとつパッとしない話ばかり聞こえてきますね。詰まらん詰まらんと言ってても詰まらんだけですから、もうここは「詰まらん」と言ったら千円の罰金(笑)、落とし噺ではなく、ホントちょっとはマスコミさんも控えていいような気がするのですけど。ま、詰まらんのが事実だからしょうがないのか。

詰まらんと言えば、総務省が2009年1月下旬に実施した「地上デジタル放送の受信機の普及に関する緊急調査」結果が報告されています。昨年、2008年3月時点で44%、9月47%、そして今回、な、なんと詰まらんどころか完全に詰まってしまって49%、残り時間2.5年切って半分超えてない。

メーカーさんは「テレビが売れないので販売計画を下方修正し工場を閉鎖する」とか「完全にテレビ製造から撤退する」とかのニュースもあり、お先真っ黒けの状態でどうするどうする? 傍観者の心配よりも、当事者の心配はもっともっと大きいらしく「政府自民党、地デジテレビ購入者にもれなく2万円進呈、検討」こんなニュースもありました。

どやさどやさ? 地デジテレビ買ったら2万円もらえるようになるかもしれない。それじゃ、その法案通るまで地デジテレビ買うのや~めた(爆)

●笑福亭三喬「鳥屋坊主」:江戸落語「万金丹」
大阪は鳥屋町のカシワ屋の若い衆、喜六と清八は店の金を使い込み「主人に知れて放り出される前に、こっちから放り出てやれ」と、勝手に掛け金を集めて東へ東へ逃避行に出る。金のある内は大名旅行をしていたが、ついに使い果たし一軒の山寺に宿を求めた。一夜の約束が二夜、三夜、五日、十日、半月も経った頃には居ついてしまい、とうとうボンさんになる覚悟を決め出家得度の六法、八法として修行の毎日が始まった。そんなある日、和尚が京の本山へ出かけることになるのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug455.htm

●桂米朝「吃るはなし三題」
ドモリの男が道具店を出してるところへ、ドモリの男が買いに来たという噺「吃の道具屋」、ドモリの丁稚が厄払いをする「吃の豆まき」、ドモリの男がスッポンを売り歩く「吃の鼈売り」のドモル小咄三題を収録。
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug216.htm

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2009/02/08

口演者なし「中元丁稚」

【世紀末亭】2009年2月8日定期アップ

スティック状のビスケットにチョコレートをコーティングし銀紙で包んだ菓子、ネットで調べたら正式名称は「フィンガーチョコ」と言うそうです。発売開始はわたしが子どものころですからもうずいぶんと昔、ごくたまに買ってもらえるチョコ菓子のうち、板チョコの次に好きなひと品でした。

無性に食べたくなって探したものの、近くのスーパーでは発見できず、代わりに動物ビスケット・チョココーティング仕様を買い求めたのが先週、今週も続けて胚芽入りビスケット・チョココーティング仕様を買ってしまいました。チョコレートが恋しい季節です。

今でこそ2月14日が何の日か日本限定で知れ渡ってますけど、初めてチョコプレゼントをいただいた中学生の頃はバレンタインデーなんて世間で認知されてません。少なくともわたしは、なぜチョコをもらったのか分からなかった。あッ、贈ってくれたのは当時20代の叔母です、誤解なきよう。

バレンタインデーがどんな意味か知らなくても、単純にチョコレートの贈り物は嬉しくて、叔母に感謝し美味しくいただきました。その後、2月14日とチョコの関係を知ってからというもの、強要して奪取する以外、ただの1個もありつけたことがないのはここだけの内緒です。

チョコに限らず、心の伝わる贈り物というのは嬉しいものです。記憶に残るものと言えば、小学校入学祝いの鉛筆削り器、中学入学祝いの万年筆、高校入学祝いの腕時計。今の子どもたちなら「しょ~もな」のひと言でしょうけど「成長しろよ」の思いが伝わり、ありがたいことでした。

高校の合格発表の日、受かったことを知らせるために中学の担任を職員室へ訪ねると、三々五々、クラスメートが集まってきます。お互い「良かったね、おめでとう」の言葉をかけあい、同じ高校を受けたS子さんにも「良かったね、おめでとう」その返事に「良かったね、同じクラスになれたらいいのにね」

一度も同じクラスにはなれませんでしたが、人生最高の贈り物だったと……、ママレモンの香り。

●口演者なし「中元丁稚」:明治26年刊の書籍より、演目は適当につけました
本家へ中元のスイカを届けるよう申しつけられた長松、挨拶の口上をえぇかげんに聞いて「時分がら、まことにお暑ぅござります」を「時分がら、ホコホコ暖かになってまいりました」、「おうちはどなた様もご機嫌よぉお暮らしでござりますか」を「おうちはどなたもピチピチあそばしますか」と、ことごとく注意と訂正を受ける。それでも訂正された言葉はしっかりと覚える記憶力はあるのだ。ただ、その抜群の記憶力のせいで……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug454.htm

●桂米朝「ぬの字鼠」
お寺の小僧、智円さんは何を隠そう、お住持の実の子であった。僧侶が肉食妻帯厳禁の時代、檀家に知れては騒動なのに、無邪気な智円さんは「智円、智円といぅてお寺でこき使われてるが、実はわたしは、あの和尚の子どもでございますねん」と、花屋さんに洩らしてしまう。花屋さんから知らされたお住持は、懲らしめに智円さんを墓場の木に括りつけ、とっぷり日暮れて夜嵐がザワザワと大銀杏の葉を揺らすころ……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug215.htm

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