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2009/01/11

桂南光「大黒亀屋」

【世紀末亭】2009年1月11日定期アップ

よく、新聞記事上「△在住、無職、何々某容疑者(56)」などと紹介されていますけど、さてどんな根拠で掲載しているのか興味が湧いて少し調べてみました。その答えは「記事にするにあたり容疑者の住所・氏名・年齢・職業は基本データとして必要な情報である」と、言われてみれば「あ~、そうですか」。ちなみに職業表記は国勢調査でおなじみ「総務省統計局職業分類」から導かれ、あとは記者のさじ加減のようです。

なぜに職業・肩書きが基本データになりうるのか? との思いを巡らせば、例えば医者なら医者像、魚屋なら魚屋像、政治屋なら政治屋像と「その職業から想起される全体的なイメージが存在する」という仮定のもとに成り立つのだろう、との結論に達します。つまり「氏名」で性別であるとか異邦人であるとかが想起され、「年齢」で肌の張り具合や容姿が想起され、「職業」でその職業特有の何かが想起される、というわけですね。

しかしこれって、具体的事実を上げて客観的なデータであると見せかけ、実は読者の主観でもって「頭の中に犯人像を作り上げてくださいよ」なのだ、ということに気づきました。職業分類にはもちろん落語家も含まれており、落語家から想起される職業特有のイメージ、着物着て雪駄履いて扇子持って、けど、普段着の落語家さんは……、でしょ。同じくお医者さんは、白衣着て心斎橋ウロウロしてませんし、魚屋さんがゴム長履いてゴム前掛け着けてウメ地下ウロウロしていません。

自称肩書き「仮隠居」ただいま現在名乗っているわたしのハンドルネームです。隠居に憧れ、それらしき生活をしているものの、いまだ完全に隠居になれない。実態は隠居だが、精神は隠居未満ということで「仮に隠居と呼んでおこう」という意味合いを含ませています。ただ、隠居であろうが仮隠居であろうが、社会的分類上は「無職」のひと言で処分されてしまうのが情けないっちゃ情けない話です。

そこで「無職」でなく「隠居」という言葉を使い、プラスのイメージを想起させようとの心理作戦は、実は上記新聞記事の「△在住、無職、何々某容疑者(56)」と同じ手法であり、なんらわたしの本性を表してはいないということに注意を払う必要があります。

●桂南光「大黒亀屋」:原作・小佐田定雄氏
船場に店を構える亀屋万兵衛は古道具・骨董品を集めるのが趣味である。いや、趣味の域を逸脱し店の運転資金にも事欠くほど入れあげ、いま親父さんの旧友天満屋を頼り、なんとか五十両の金を手にしたところであった。なのにである、その帰り道にバッタリと出会った丼池(どぶいけ)の古道具屋から「前からお探しの、いい大黒天の彫り物がある」と告げられ、またしてもついうかうか五十両で購入してしまう。店に帰ると、もちろん奥さん、番頭から責められ「この大黒は『いにたい、帰りたい』と夜泣きをして気持ちが悪い」出まかせの理由をつけて返品したのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug452.htm

●桂米朝「土橋万歳」
「色街遊びの度が過ぎる」と部屋に幽閉されていた若旦那、番頭が葬式に参列するために出かけた隙を狙い、丁稚を丸め込んで家を出てしまう。気づいた番頭は料亭に乗り込み、こんこんと意見をするのだが逆に階段から突き落とされてしまった。気分を害した若旦那が店を替えようと新町へ向かうちょうど難波土橋のあたり、暗がりに身を潜めていた番頭は葬礼用の脇差を抜き……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug213.htm

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