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2008/06/08

露の団姫「松山鏡」

【世紀末亭】6月8日定期アップ

実家へ集まったときのこと「お父さんの子どもの頃を見よう」と姪っ子たちがアルバムを開きました。弟は子どもの頃からほっそりスマートで、今なおそのままキープしています。ところが、並んで写っているわたしを見て「おっちゃん、えらい太ってるやん」そう、わたしは太っていたのです。

写真を見ていくと小学3年から徐々に太り始め、最も太っていたのは中学1年、体重73kgを記録しています(ちなみに身長は160cmでそれ以後伸び悩み現在に至る)。中1をピークに緩やかに減少をはじめ、大学入学時に57kg、卒業後は60±2㎏で推移していたのが、40歳を過ぎた頃から増加傾向に歯止めがかからず、46歳を目前にして65㎏超に。

73kgの過去を知っているだけに「これはまずい」ということで、車での移動をなるべく避け、カロリー消費量表示機能付き歩数計を購入して歩き、間食をシャットアウト、足掛け2年をかけ10㎏の減量、今現在54±1㎏を維持している最中です。

しかし太りやすい体質はそんな簡単に改良されませんから、体重維持にはかなり気を使います。煎餅1枚、ポテチ1枚どころか、コーンフレーク1片食べても増えるのでは? そこで登場したのが自転車活用でした。

2006年11月から長距離移動の足として、積極的に公共交通機関の代替を始めたこの1年半のあいだに、走行距離約1,750kmを達成。カロリー消費量に換算するとたった21,000kcalほどですけど、直接的なカロリー消費より筋力アップによる基礎代謝が高まった結果、最近では気を付けないと体重が減りすぎていることもあったりして、生まれて初めての経験に嬉しいやら嬉しくないやら、嬉しいんですけど(ベタやね)。

そのうえまだ嬉しいことに、自転車で節約できた交通運賃の総額が購入自転車2台分を超えました。3台分を超えた頃、もっと上等の自転車を買ってまた交通費を節約し、もっともっと上等の自転車を買って……、これがホンマの自転車操業。

●露の団姫「松山鏡」
ここは越後の松山村(新潟県十日町市)、早くに母親を亡くし父の手一つで育てられた、それはそれは父親孝行な庄助という男がおったとさ。父(とと)さまが生きてるあいだはもちろん、死んでのちも毎朝の墓掃除を欠かさない。それがお上の耳に入り「近頃まれに見る孝行者の鏡、何か褒美を遣わせ」ということになりまして、庄助を代官屋敷に招き「何が欲しい?」と尋ねれば「もう一度お父っつぁまに会いてぇ」そこで代官ひらめいた、側の者に「八咫の御鏡(やたのみかがみ)」の複製品を持ってこさせ、箱の中を覗かせると……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug438.htm

●月亭八方「秘伝書」
人間、汗みどろになって働いて働いて、魂を売って働いて働いて、働くために働いて働いても、それに見合っていると思える収入は得られないもの。誰しも「働かずに楽して毎日を送れる方法があればいいのに」と考える、その不労所得願望を叶える「秘伝書」が発見されたと、露店の親っさんは言う。十冊限定の秘伝書、欲しいと手を挙げる客が数十人、そこで「早い者勝ち五百円置いて持って行け」と声をかけるとたちまち売れ、さて、持って帰ってページを開くと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug199.htm

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コメント

「これがホンマの自転車操業」

やった!最後までにサゲが読めた!(^-^)v

しかし
体重73kgに身長は160cmはなんぼなんでも...

投稿: くらきっとん | 2008/06/11 17:15

ありがとう、今回は割合うまいことオチ考えついて、話の方向&転換もうまいこと行ったんで、自分でも気に入ってますねん。って、オチ言ぅために作った話か? ちゃいますよ、大部分は実話です。

どうよ160cmで73kg、パンダみたいやったよ。制服真っ黒やったけど。

投稿: 仮隠居 | 2008/06/11 20:47

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