« 林家染丸「堀川」 | トップページ | 露の五郎「人形の目」 »

2008/01/06

桂雀三郎「茶屋迎い」

【世紀末亭】1月6日定期アップ

2008年(平成20年)、明けましておめでとうございます。こちら関西ではちょっと低めの気温ながら、まずまず天気に恵まれ穏やかな年越しでした。空模様に左右される初詣客の減を心配していた神社仏閣屋さんも、ホッと胸をなでおろしていることでしょう。

初詣といえば、信州地方では大晦日から参って、拝みながら年を越すことを「二年詣り」と呼ぶそうです。足かけ二年の二年詣りでしょうね。でも、毎年欠かさず参ってる人は、大晦日の分はその年の元日に参ってるわけですから、二年にならんのやないの? とか、不信心者のわたしは考えたりしてしまうのです。関西じゃ前年から参っていても、年を越したその瞬間が「初詣」ということで、合理的。

そんな不信心者のわたしでも、気が向くと「初詣気分」を楽しみたくなることがあり、以前は夜中にフラッと出かけることがありました。多くは奈良方面、春日大社、手向山八幡宮、東大寺大仏殿を巡り、曇ってなければ帰りに生駒山上に寄って初日の出を拝む周遊コース。バイクに凝っていた頃には数年連続、暗峠(くらがりとうげ)越えもしました。

気分で行くニワカ信者にはご贔屓神社はありませんから、たまに飛鳥の談山神社まで足を延ばしたり、大阪天満宮から高津神社まで松屋町筋(まっちゃまちすじ)をただ迷わず真っ直ぐ歩いたり、自転車ころがして落語「東の旅」で有名な深江笠、深江稲荷神社に参ったり。まっ、世間になんの気兼ねもなく夜中にウロウロ徘徊できるのが楽しかっただけ、のような気がしないでもありません。

一度だけ昼の住吉大社にお邪魔したこともありました。南海電車を降りて太鼓橋を渡り切るまでに1時間とか2時間とか、もう前は人で埋まってるわ、後ろからは次々押し寄せて来るわ、正月早々何をしてるのかと……、それでなくてもイラチなわたしですから前を歩く人の脚を蹴ったり、足を踏んだり。前の人はまさに「踏んだり蹴ったり」だったろうな、と思うのです。でも「踏んだり蹴ったり」したのはわたしなのです。

ということで、今年もよろしくお願いします。

●桂雀三郎「茶屋迎い(J版)」:江戸落語「不幸者」
ノラクラ暮らしている若旦那がある日突然「仕事を覚えたい、ついては得意先の顔を覚えるため、掛けの集金に行ってくる」と申し出た。喜んだ親旦那、言われるまま送り出すと案の定、金を集めて新町の御茶屋に居続け、三日たっても帰ってこない。そこで、小さい頃から馬合いの熊さんに頼み連れ戻しに行かせると、三日たっても戻ってこない。それではというので、店で一番の堅物、杢兵衛を走らせるが戻ってこない。ならば分別のある番頭なら……、やっぱり戻ってこない。最後の手段、親旦那自ら乗り込んで行くと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug426.htm

●桂文珍「茶屋迎い(B版)」:江戸落語「不幸者」
番頭が帳面を付けているところへ若旦那が現われ「商いの勉強がしたい」と言う。算盤の稽古をしてもらうと、すぐに飽きがきて「やっぱり商いというのはお客さんの顔覚えんのが一番や、集金に回ったろか?」請求書の束を渡すとシュッと懐に入れ、暖簾をス~ッとくぐって出て行ったきり五日たっても戻ってこない。どうも集めた金を持って新町の茨木屋に上がりこみ、居続けているらしい。わけを知った親旦那は、手代の久七を迎えに行かせるが、五日待っても戻らない。堅物の杢兵衛をやるが、これも戻らない。ならばと、番頭を……、戻ってくるわけがない。そこで親旦那自ら新町の茨木屋に向かうと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug427.htm

|

« 林家染丸「堀川」 | トップページ | 露の五郎「人形の目」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 桂雀三郎「茶屋迎い」:

« 林家染丸「堀川」 | トップページ | 露の五郎「人形の目」 »