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2007/09/16

桂枝雀「替わり目」

【世紀末亭】9月16日定期アップ

よく言われる東京と大阪の文化比較に「うどんのダシ汁」があります。東は鰹ダシに濃口醤油、西は昆布・鰹ダシに薄口醤油。わたし、東京のうどん汁をすすった経験がないので、どれほど塩辛いのか見当がつきませんけど、確かにテレビなどの映像を見る限り、かなり濃い色をしてるのは確かです。

でですね、この際いっぺん東京のうどんダシを再現してみようと、鰹ダシと濃口醤油を使って実験してみたところが「なるほどこれか」と、その原因のようなものを突き止めることができました。つまり、薄口醤油に比して濃口醤油は塩分濃度が約20%ほど薄い、そのため程よい塩加減にしようとすると醤油の分量が増える、と醤油臭くなる。それでなくても濃口醤油の色は黒いのに、追加して入れるのだから真っ黒になる道理です。

かなり恣意的な再現実験ですから、無理矢理の感は否めません、関東の人ごめんなさい。もし濃口を使用するならば、醤油を控えて、不足した塩分は塩で補完してやれば、濃口だからって醤油臭くないうどんダシができますのでご安心を。けどやっぱり、うどんには薄口醤油を使って欲しいな。

汁ものや、素材の色を大切にしたい料理には薄口を使う大阪でも「佃煮には濃口、できれば湯浅の特濃たまりを使ったらどうだろう」と素人のわたしが思い付き、検索すると案の定「湯浅醤油使用」を謳った佃煮がゴロゴロ出て来てこっちの思うツボやね、プロも素人考え並みやないですか。と見せかけて、素人受けをねらった玄人の販売戦略か?

佃煮といえばその昔、アサリの佃煮を「ヘソの佃煮」と信じて疑わない子どもがいました。「雷さんが集めたおヘソを分けてもらって、佃煮にしてあるのよ」という母の言葉を信じ、かなり大きくなるまで思いこんでいた子ども。いやいや、今でも口にするたびに心の中で「ヘソの佃煮、ヘソの佃煮」。

ヘソの佃煮で思い出すのは先日、久しぶりに実家を訪ねると、醤油色に変色した小型ノートと桐の小箱が入ったポーチを手渡され「これ、持って帰ってね」。さて何じゃろかい? と、中身を調べるとノートと見えたのは「母子手帳」で、桐の箱には「初切りの爪」と共に「ヘソの佃煮」ならぬ「ヘソの緒」がカピカピに干からびて納まっています。おまけに固体識別木札足輪まで入ってやがる。

なぜに今「ヘソの緒」返還なのか? 深くは追求しません。桐の小箱に納まった54年前のわたしの分身、母とわたしを繋いでいたであろう管状組織との再会を得て、なんか奇妙な微妙な、そして神妙な気分に陥れられてしまったような……

●桂枝雀「替わり目」
職場の寄り合いか何かでしょう、外でしこたまお酒を召し上がって帰宅された松本留五郎さん、奥さんに「喧しぃ言ぅてんと、早いこと寝なはれ」言われても、何か物足りない呑み足りない。買い置きの上等の酒を持って来させ「何かつまみはないか? コウコは?」と聞けば「みな食てもた」「女たるもの女言葉で『いただきました』となぜ言えん」小言のひとつも言いながら角のおでん屋に買いに走らせたその隙に、担ぎのうどん屋さんを呼び止め酒に燗をさせようと企む……。酒呑みのボヤキ、戯言の中にキラリと光る人情の機微が、あるのやら、ないのやら。
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug181.htm

●桂米朝「本能寺」:正本芝居噺
演じられなくなって久しい芝居、近松半二の『三日太平記』より「塀外の場」「奥書院の場」から眉間割り、藪畳での大立ち回りまでを演ずる『正本芝居噺』。文字を読んでもサッパリ雰囲気つかめませんが、上方落語の資料ということでお目通しください。ちなみに『芝居噺』は本作「本能寺」や、桂文太師の演ずる「瑠璃壺名誉早駆」「大江山鬼切丸由来」のように芝居を忠実に演じる『正本芝居噺』と「七段目」「蔵丁稚」「質屋芝居」「蛸芝居」のように噺の中に芝居を取り込んだ『滑稽芝居噺』の二種に分類されています。
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug182.htm

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