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2007/08/19

露の五郎「宗悦殺し」

【世紀末亭】8月19日定期アップ

くそ暑い時期に「怪談ばなし」で涼をとる、プロ・アマ関係なく昔から行われてきた避暑法のひとつです。物理的に涼しくなるわけではないけれど、恐い話に熱中することで暑さを忘れてしまおうという、まことに地球に優しいエコロジーの模範みたいな方法です。恐さの演出には「蝋燭」や「灯明」を灯せば、よりそれらしい雰囲気をかもし出してくれるでしょう。

といっても電気の無かった時代、蝋燭や灯明は日常に欠かせない生活道具だったわけで、蝋燭や灯明そのものが恐怖の源泉ではなさそうです。影がゆらゆら定まらない薄暗さが、電気照明に慣らされた現代人にとって無意識に闇の恐怖への呼び水となり、話の中へス~ッと引き込んでいく理想的な道具立てになっているのです。

焚き木だけが頼りの原始時代、植物油脂が発見されて灯明・蝋燭、化石燃料発見後はランプ、発電機を発明して電球、やがて蛍光灯が発明され、次代を担うのは高輝度発光ダイオードだと噂されています。わたし、さすがランプ生活は経験ありませんけど、電球から蛍光灯への移行は経験しています。

我が家に初めて蛍光灯が点った夜、それは「夜が昼になったと見紛うほどの明るさのシャワーを浴びた」そんな瞬間でした。もちろん商店やオフィスなんかではチラホラ経験していたものの、街路灯はおろか電車、バスの車内照明もほの暗い電球であった時代ですから、その明るさのインパクトはもう爆発的でした。

しかし人間というものは贅沢なもので、ただただ蛍光灯の明るさだけでは満足できなくなってくるのです。全体を蛍光灯で明るくしたそのうえに、裸電球をぶら下げて陽気な気分を追加してみたり、ウッフンな夜を演出するためにメインの照明を消して間接照明にしてみたり、品を変え色を変え形を変え、今わたしを照明しているのは、落ち着いた夜の雰囲気漂う電球タイプ蛍光球の柔らかな赤い光。

話は元の怪談へと戻って、ある怪談ばなしの会で噺も大詰めいよいよ幽霊が出ようかというそのとき、舞台の照明はおろか客席の照明も全て落とされ真っ暗闇になった中、後ろの方から「キャ~、ワァ~」、凝ったメーキャップの幽霊が懐中電灯の照明を携えてのご登場でした。

で、思うに本物の幽霊は真っ暗闇の中ではどうしてるのでしょう? 蛍のように自ら発光することができるのでしょうか? もし発光できなければ出て来ても真っ暗闇では見えないことになるし……、やっぱり自分自身で提灯を持って現われ、顔の下から光を当てて「うらめしや~、アチ、アチ、アチチチッ」

●露の五郎(五郎兵衛)「宗悦殺し」:「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」発端
江戸は根津の惣門に幼い娘二人と暮らす金貸し座頭、皆川宗悦がいた。その年も押し詰まった極月二十五日、小日向服部坂の深見新左衛門屋敷まで、貸し金の催促に出向くが折りしも雪に風。ようよう着いたところが、新左衛門は自棄半分で深酒をあおり既に酩酊、「金は無い。元金はおろか、利分も払わぬ。帰れ」と、取り付く島もなかった。「それでは盗人に追い銭。斬り取り強盗、武士の習い」と、売り言葉に買い言葉、これがいけなかった。激昂した新左衛門は太刀に手をかけ、鞘ぐるみ宗悦の肩を打ち付け脅すつもりが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug420.htm

●月亭八方「坊主茶屋」:江戸落語「坊主の遊び」
酒の勢いで上がり込んだ安茶屋、噂には聞いていたが噂以上のひどさに「このまま黙って帰るのも癪なので何か悪戯を」と、部屋の鏡台の引き出しを探すと剃刀が出て来た。では、この剃刀で女郎の眉毛でも剃って……、いや眉毛はもう無かった、抜け落ちたのか書いてある。それでは鬢を……、これもほとんど剃る手間が要らないほど抜けている、よっぽど悪い病気持ちに違いない。「もう頭に来た、スックリ丸めて坊主になれッ」すっかり剃り上げ、そのまま二階の窓から飛び降りて逃げ帰った明けの朝、皆が起き出すと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug179.htm

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