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2007/08/05

露の五郎「提灯屋」

【世紀末亭】8月5日定期アップ

今回ご紹介する「提灯屋」には家紋が登場します。上方の噺家さんでいえば、文枝・米朝一門の「結び柏」、松鶴一門の「五枚笹」、春団治一門の「花菱」、染丸一門「ぬの字うさぎ」、五郎兵衛一門「桔梗」、可朝一門「月輪」、円都一門「九枚笹」、そして福郎一門「梟(ふくろう)」て、そのままやんか。珍しい動物の家紋、福郎一門の「ふくろう」は考えるまでもないとして、染丸一門の「うさぎ」はなぜなのか? 調べましたところ、初代・二代目ともに生まれが卯年であることからだそうです。

「うさぎ」というと、2007年8月3日14時現在、日本海を北北東に進んでいる台風5号の名前が「ウサギ」であるのをご存知でしょうか? 詳しくは「第2群、第5番目の『ウサギ』」。この名前、日本が勝手に決めたのではなく、アジア・北西太平洋地域で既に決定されている140個の名前リストから自動的に決まったものなのです。

つまり、アジア・北西太平洋地域内の14の国が2つずつ28個の名前を登録したものを一つの群とし、その群が5つあって14×2×5=140個の名前が登録されています。2000年の最初の台風「カンボジアが登録したダムレイ(象)」から始まり、最後は「ベトナムが登録したサオラー(新種の動物名)」で一巡、また元に戻るという仕組みになっています。その140個のうちの33番目が「日本が登録したウサギ」ということですね。ちなみに次の台風は「ラオスが登録したパブーク(巨大淡水魚名)」になります。

台風「ウサギ」に限らず、どうしたものか台風が近付いてくると心そわそわ落ち着きません。災害が恐いからとかというのではなく、不謹慎な話ですが打ち寄せる荒波、篠突く集中豪雨、吹き荒れる暴風、自然の猛威を目にしているとアドレナリンが分泌されて、台風ハイ状態に陥るからです。で、決まったように最寄のネットカメラを探し出し、モニターの隅に常時映しながら作業をする。作業しながら台風ウォッチか、台風ウォッチしながら作業か? それは台風の威力によるのですが……

もちろん主立った地点のライブカメラはライブラリに納めてあります。でも、ときに新たなポイントを見つけ出す必要に迫られ検索をかけるのです。最近の検索エンジンはますます賢くなって本文検索どころか、URLの文字列にまで対応するようになっていますから、ライブカメラが持つ固有の文字列を入力してやればたちどころに……、のはずなのに、ある種のグループからは情報を全く拾い出してくれません。

それは、いま流行の「ソーシャル・ネットワーク・サービス」会員制でIDとパスワードがなければ閲覧さえできない閉じられた世界。世間に対し閉じられているということは検索エンジンも入っていけない、つまりどんなに有益な情報が書き込まれていても活用される機会がないということになります。

仲良し、仲間内、なぁなぁの内輪話、取るに足らない文書だから閉じられた世界だけでこっそりヒッソリ、という気持ち分からないことないですけど、たとえ100行のうち99行が無意味であっても、残り1行に重要な情報が含まれているかも知れない、もったいない。というか、その1行が有意義と決めるのは検索する人なのですから、閉じこもっていないで出て来て欲しいな。とか思案しつつ、島根県キララビーチ多岐に打ち寄せる大波と、暴風雨の映像を見て「ウサギ」は今どこに?

●露の五郎(五郎兵衛)「提灯屋」
道端に立って、立って立ちながらボ~ッとチンドン屋を眺めていた男、字も読めないのにうかっとチラシを受け取ってしまった。何が書いてあるのか気になってしょうがないところへ、友達連中が通りかかり「昔は一枚ずつ手ぇで書いたぁったもんや、上が天紅といぅて赤こぉ染めたぁって、それが瓦版になり、木版になり、蒟蒻版になり、こないして活版になって読み易すなって、誰が見たかてよぉ分かる」とは言ったものの、誰も読める者がない。そこで十一屋のご隠居に読んでもらうと、この町内に提灯屋が開店し「祝儀として提灯に家紋を入れます。もし、即座に入れられない時には提灯をタダで差し上げます」と書いてあるという。教育はなくても悪知恵は働く連中、提灯をタダでせしめようと乗り込んで行くと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug419.htm

●桂文枝「猿後家」
町内で知らぬ者のない川上屋の後家はんは「イヨッ!」と声をかけたくなる美形の後ろ姿なのに、前へ回ると「スッポンッ!」別名「鼓の掛け声」と言われるほど、山からトレトレの猿にそっくりな顔をしている。そのため、店では「しなさる」「くださる」「捨て去る」と「猿」の付く言葉は禁句、決して言ってはならないことになっていた。ある日「お伊勢さんへ参る」と暇乞いにやって来た野太鼓の太兵衛に、幾ばくかの餞別を渡し送り出して五日目、土産を携え帰った太兵衛が道中ばなしを聞かせるうち、決して言ってはならない「奈良興福寺、猿沢の池」と、つい口を滑らせたから大変……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug178.htm

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コメント

江戸中期の大坂の暦学者・天文学者で間長涯(はざまちょうがい)という人がいてはりましてね、名は重富(しげとみ)・字は大業といいはりますんですが、家は代々長堀富田屋橋北詰にあった「十一屋」という質屋で、通称が「五郎兵衛(ごろべえ)」なんですわ。蔵が11棟あったから「十一屋」。

投稿: の | 2007/08/05 21:49

質屋(ひちや)さんの名前に「十一(じゅういち、またはといち)屋」が多いというのは承知してましたが、なんでも「十日で一分の利子を取るから」と伝え聞いておりました。いまでも悪業な金貸しを「といち」って呼んでます。

そういう正当な、由緒正しい来歴があったとは、さっそくプロパティに使わせていただきましょう。

なお、関係ないことやとは思いますけど、といちの奈良漬けで有名な神戸の「十一屋(黒田食品㈱)」は徳島の味噌・醤油問屋「十一屋」がその前身で創業者が黒田八十八(某国宝の俳名と同じ)、息子夫婦が神戸へ進出して奈良漬け屋を始めたといいます。うかつにも蔵が十一あったかどうか調べ忘れました。

投稿: 仮隠居 | 2007/08/06 21:49

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