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2007/06/17

桂文我「ほうじの茶」

【世紀末亭】6月17日定期アップ

近い将来きっとこの日が来るだろうと予想はしていましたが、2007年6月1日朝方、87年製テレビがついにお逝きになりました。電源を入れて1分、2分、徐々に画面が明るくなり、やがて横縞模様が上下に流れたかと思うと突然真っ白に。当年とって二十歳、歴代テレビのなかでも最長寿を記録しての大往生です。

今思えばその前夜、日頃気になっていたフォーカスの甘さが消え「ん? なぜか今夜のお前は妙に艶かしくシャープに映る」あれが最期を告げるメッセージだったのかも知れません。共に歩んだこの二十年間を我が身の生活と重ね合わせ「あのとき、あんな番組を見せてもらった、こんな番組が映ってた」思い出して手向けとすることにしましょう(合掌)。

そこでさっそく新しいテレビを購入、とはならないんです。これが冷蔵庫、洗濯機、エアコン、レンジなど生活必需品なら間髪入れず買いに走るところ、2週間以上経過した今も別に不便さを感じない。ということは、見ても見なくても良いような、そんな番組しか見てなかったってことですか? 失ってはじめて知るありがたさ、の逆バージョンですね。

いつもテレビのスイッチを入れていた食後の一服時には、ほとんど選択されることのなかった不幸なレコードを棚の隅から取り出して、虫干しを兼ね針を落とすことに。すると、買った時には感じなかった面白味に今さら気付かされ、2枚、3枚と続けざまに演奏、これがテレビに代わる日課になりつつあります。

とはいえ、テレビからの情報が必要になることもあるでしょうから、いずれは新しくしてやらないといけないのでしょう。とりあえず初盆が過ぎた頃に考えるとして、さてこの重くて図体の大きい、どぶさった「らくだ」のようなテレビの亡骸をどうしよう? 処分するにもバカ高い経費がかかるのでした。

●桂文我「ほうじの茶」
ただただおしゃべり、ヨイショだけで座敷に上がっていた太鼓持ちの茂八が、若旦那に呼ばれ部屋に顔を出すと「芸のないものは贔屓にせん、何か習え」と叱り付けられた。芸事は嫌、けど贔屓も続けてほしい茂八は、茶を焙じるとさまざまな芸能役者が出て来るという道具を懐から取り出し「舞踊家」「浄瑠璃語り」「ヴァイオリン演歌師」次々に呼び出しては楽しませる。首尾よく贔屓の続行を取り付け、女将の呼ぶ声で席を立ったそのあと、隙を狙って若旦那が「芸妓・舞子」を呼び出そうと試みると……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug173.htm

●笑福亭仁鶴「黄金の大黒」
質屋の蔵の横手で砂遊びをしていた家主の坊ちゃんが、金の大黒さまを掘り当てた。めでたいので喜びを分かち合いたいと、宴席に呼ばれた長屋の連中だが、着ていく羽織が1着しかない。そこで、この1着を使い回して祝いの挨拶をしようと企む。落語のセオリーどおり企みは脆くも崩れグズグズになって、それでも祝いの宴は最高潮に達し、呑めや歌えの大騒ぎ。とその時、床の間に飾ってあった大黒さまがスックと立ち上がり……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug174.htm

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