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2007/03/18

桂雀々「鶴満寺」

【世紀末亭】3月18日定期アップ

京の噺家・桂米二師匠が大阪で催される落語会では、番組の最後に果物の当たる抽選会がおまけとして付き、通称「果物抽選落語会」とか、単に「果物の会」と呼ばれています。わたし、どういう回り合わせなのか不思議なくらい良く当てていただき、先週も「さちのか」イチゴをいただいて帰りました。

2年以前にも、この「果物の会」でパイナップルが当たって、本体を美味しく頂戴したあとに残った葉っぱ「クラウン」を挿し木で観葉植物に仕立てた話を書き込んでおりますが、そのパイナップルの鉢植えが立派に成長し、現物実測80センチを優に超えるほど大きくなっています。

「もし、実が成るとすれば2年目以降」と聞いているので、今年の夏あたり収穫があるかも……、いえ、室内で育てているので、それはないと思います。しかし毎日、緑の葉姿で目を楽しませてもらっていますから、子パイナップルなんか生まれなくても幸せ、幸せ。

幸せつながりで、パイナップルの鉢の隣りには「幸福の木」が邪魔なぐらい大きくなってしまいました。幸福の木の正式名称は「ドラセナ・マッサンゲアナ」といい、ハワイではこの植物を庭に植えると幸せになると言われています。と、これは今ネットで検索して初めて知りました。

この「ドラセナ・マッサンゲアナ」は……、長いのでやっぱり「幸福の木」でいきましょう。この「幸福の木」は、わたしが30代半ばの頃に手に入れて20年以上生活を共にしています。当初50センチほどの大きさだったのが今は250センチを越えて、もうすぐ天井に届くほどの巨大な鉢植えに成長しました。

これだけ大きく育て上げたからにはたっぷりと「幸福」が訪れていてもおかしくないはずなのに、現在そんなにも幸福な気がしない。いやいや、幸福に感じていないだけで幸福なのかも。いやいや、いたって普通に幸福だ。いやいや、考え方によっては幸福でないかも……、見る方向でどうにでも感じてしまえる。

ただですね、この巨大に成長した「幸福の木」をもし枯らせてしまうようなことがあったなら、巨大な不幸の訪れは間違いない、との恐れが日増しに強まってきて……、こんなもん育てるんやなかった。

●桂雀々「鶴満寺」
「陽気も良ぉなったんでひとつ花見でも」芸者、舞妓、太鼓持ちを引き連れ、今年も枝垂桜の名所「鶴満寺(かくまんじ)」を訪ねた船場の旦那一行。寺の前まで来てみると門は閉じられ、中はヒッソリと静まり返って人の気配がない。寺男にわけを尋ねると「今年から静かに歌を詠む客は歓迎するが、酒を呑んで騒ぐ花見客はお断り」なのだという。そこで寺男に百文を握らせ中に入り、もう一朱握らせ酒を呑み、寺男にも酒を勧めると、呑みよった呑みよった。すっかり酔いつぶれて桜の根元で寝入ってしまった寺男が、外出から帰ったお住持に起こされ目を覚ますと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug413.htm

●桂ざこば「遊山船」
行水でサッパリと汗を流し、糊の効いた浴衣に着替えて大川端へ夕涼みに出かけるのが、大阪庶民のささやかな暑気ばらいであった頃、毎度おなじみ気心の知れた喜六・清八の二人連れも同様、難波橋へ出かけていた。川面を見ると、こちらは生活にゆとりのある人々が屋形船を浮かべて涼をとっている。橋の上から贅沢な遊びをネタに、相手になったりビックリしたり、ボケたり突っ込んだりしていると、やがてイカリ模様の揃いの浴衣でビシッと決めた、稽古屋連中の船が賑やかにやって来た……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug166.htm

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