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2006/09/17

露の新治「狼講釈」

【世紀末亭】9月17日定期アップ

落語会に参加するとき、受付開始時間に到着するよう心掛けています。初めて訪れる会場の場合など、ネットの「路線案内」を開いて「何時の電車に乗れば間に合うか、家を出るのは何時ごろ」ちゃんと下調べする程度の几帳面さはあります。

とはいえ、世の中わたしの都合で動いてるわけではないので、歩行者信号機のタイミング、乗り換えのタイミング、さまざまな要因で思いのほか早く着くことがあるのです。そんなとき、時間待ちの列の後ろにくっついていると、会場内から「一番太鼓」が漏れ聴こえてきて、いかにも落語会らしい雰囲気にちょっと得した気分になれる心の豊かさ、落語好きでよかった。

「一番太鼓」は落語会のオープンを知らせる合図になっていて、まず大太鼓の鋲の部分をバチでこすってカラカラカラカラ、これは扉のカギをはずし開ける音。次に太鼓の縁をカラッカラッカラッカラッ、これは場内が空であること。それからおもむろにドンドン・ドッドドンッ、どんどん・どんと来いッ、ドンドン・ドッドドンッ、どんどん・どんと来いッ、の繰り返しになります。客入りがいいようにと願う打ち手の熱意が伝わってきますね。

席に落ち着き、受付で配られたチラシなどに目を通していると、やがて開演の時刻となり「二番太鼓」〆太鼓の特徴的なテテツクテツテツ、テテツクテツテツ、これは「お多福来い来い」この場にお集まりの皆さま(だけ)に多福が来るようにとの願いが込められてるとか。最後は笛(能管)のヒュ~ッという高い音で締め括り、心の準備が整ったところで、前座の出囃子「石段」「石段を上るように上達せよ」ですて。

二番手からはそれぞれの出囃子に乗って出て来られるのですが、米朝師匠の「鞨鼓(かっこ)」とか春団治師匠の「野崎」が鳴り出すと、もうそれだけで期待の高まりがすごいのなんの。また、中入り(インターミッション)前とあとにも音の印として「シャギリ」が奏されます。そしてすべての出し物が終わると「バレ太鼓」ドドド・ドドド、出てけ・出てけ、ドンドン・ドロドロ、てんでん・バラバラ、カラッカラッカラッカラッ、空空空空、カラカラカラカラと扉を閉めてカギをかけて終了。

「いわれを聞けばありがたや、何のかんのとヤマコ坊主が……」という落語のフレーズどおり、伝統芸能の様式美というのでしょう、聞けば感心も得心もしていただけます、か? しかし、音の印で行動する様式は何も落語の世界に限ったことではなく、日常生活の中でいくらでも見当たります。

うちの近所の某会社営業所では「エリーゼのために」「スミレの花咲く頃」「第九」などなど、1日に数回スピーカーから流れて「朝礼」「昼休み開始」「昼休み終了」「休憩時間」「営業終了」の目印、音印になっているのは部外者でも分かります。同じく近くの学校からも「ビッグベンもどき」のチャイム音が風に乗って聴こえることがあり、こちらはまだ何の意味かまでは分かっていません(調べるなっちゅうの)。

最近でこそ、注意していないと聴き逃すほど音量は小さくなりました。日本中が浮かれていたバブルの頃には、音がひずむぐらいにボリュームを上げて「わが社の勢いはこんなもんだ、よく聴くがよい」の心境だったのでしょうかね。どなたかの苦情があったらしく、偉いさんが戸別に頭を下げて回ったあと小さくなってしまいましたが、わたしは一日の節目、アクセント代わりに重宝してたのに。ま、様式美と言うには程遠かったけど。

●露の新治「狼講釈」
大阪でしくじった男、何とかなるだろうと西へ下ったものの何ともならず、とうとう一文無しの空穴になって床屋に飛び込み助けを乞う。と「村の取り決めで旅人の世話をすることはできない。しかし、何か芸があるなら、芸事の好きな村人に披露して路銀を稼げる」という。口から出任せ「講釈ができる」と答えたところ、お庄屋さんを紹介してくれた。食事、風呂の厄介になり、さて講釈を始めようかというその時、嘘がバレるのを苦に庄屋を飛び出してしまう。村外れの森の中を進むうち、やがて狼の群れが目の前に……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug401.htm

●笑福亭呂鶴「牛ほめ」
伯父貴の家の総普請が完成したので、褒めに行けと言われた男「気にしている大黒柱の節穴を、秋葉さんのお札で塞ぐ」という、キーワードさえ言えば小遣をくれるだろうと入れ知恵され、普請を褒める言葉の数々を習い書き留める。明くる朝、空で覚えようともせずのこのこ出かけ、書いたものをただ読んでボロボロになりながら、それでも何とか小遣にありつけた。が、ついでに牛を褒めるために牛小屋に向かうと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug154.htm

●第9集はじめに「新たなるウネリ」
2006(平成18)年9月9日午後1時、下座のシャギリが鳴り響くなか、間口四間アサヒビール提供、天神祭り船渡御絵柄の緞帳がユルユルと昇っていくと、奥行き二間檜の舞台上には緋毛氈が敷かれ、桂文福師匠を中心に九名の噺家が黒紋付袴でズラリ二列に居並ぶ。「とざい、東西、これより天満天神繁昌亭、開演にございまする~」同月15日から柿落としの本公演が始まる1週間前……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/hajime9.htm

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2006/09/03

笑福亭仁勇「猫の皿」

【世紀末亭】9月3日定期アップ

暑かった今年の夏も、ようやく太平洋高気圧の衰えが見えはじめたようです。7月のかかりからフル運転していたクーラーを止め、久し振りに窓から自然の風を取り入れて過ごすことができるようになりました。と言っても、気温の下がる深夜から翌午前中だけの条件付きです。昼間は相変わらず30度超えの真夏日が続いてるので、クーラーにはあと少し働いてもらわないといけません。

いま我が家で稼動中の96年製クーラーは、古くなったとは言うものの省エネ・インバーター方式、室外機・室内機とも調子よく動いています。それ以前に使っていたのは窓枠に直接取り付ける一体型タイプのものでした。こちらに引っ越した年の夏に取り付け、おおかた25年近くも頑張ってくれたタフな機械(やつ)でした。

タフだっただけに運転音も無骨そのもの、一体型ですからコンプレッサーの振動がまともに窓枠と共鳴して「オレ様は今、冷たい空気を作り出してやっている、ガオォ~ッ」その音が暑苦しいっちゅうねん。インバーターエアコンに替えた当時、静けさだけで数度室温が下がったように感じましたもん。

しかし、いくら静音設計といってもファンが回っているのですから、就寝時には結構うるさく耳に付きます。昼間は世間の喧騒にマスキングされて耳に届かなかった音が、世間がシシラ・シーンと寝静まる夜中になると、台所の冷蔵庫よりもよっぽど大きな音でファンが回っているのが気になり、一旦気になると、より気になってより大きく聴こえて、耳が集音マイク状態になります。

熱帯夜から開放された先日、窓を開け放ってクーラーを止めると「機械音がない状態とはこんなにも静かなものだったのか。久々に真に静粛の中で熟睡……」できると思っていたら、静粛の夜の中に騒ぐ阿呆があって起こされてしまった。そうでした、ここは駅前の飲み屋帰りの酔客がうるさく、エアコンの音でマスキングされているのを忘れてましたわ。

●笑福亭仁勇「猫の皿」
道具屋・骨董商の中でも果師(はたし)と呼ばれる業態は店舗を構えず、足を頼りに地方の農家を回って掘り出し物を探し出し、主に同業者に卸すのを商いとしている。今日しも一人の果師が高槻の芥川宿を商売に回り、疲れた足を休めるため茶屋に寄ると、店先に面白い皿が置いてあるのを目に留めた。「絵高麗梅鉢紋の皿」三百両をくだらないという値打もの、見れば皿には飯粒が付いて傍に猫が、ということは猫の皿。猫を三両で買い取って、皿を一緒に持ち帰ろうとするのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug400.htm

●桂ざこば「お玉牛」
村の若い衆が集まると、話の種はマドンナ「お玉」のことに決まっている。「お玉は俺がものにした」と、夢のような夢の話をしているところへ、鎌を片手に踊りながら飛び込んで来たのが一人の無茶者。今さっき「うんと言うか、鎌でブスリか?」力づくで「うん」と言わせ、夜這いを承諾させたという。可哀想なのがお玉ちゃん、泣いて帰って親に相談すると「今晩、お玉の寝室に牛を寝かせておけ」牛が寝ているとも知らないで、この無茶男が忍んで行くと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug153.htm

●第8集あとがき「水金地火木土天海冥」
1916年に英国人ホルストが作曲した管弦楽組曲『惑星』を久し振りに聴きました。第1曲「火星」から始まって金星、水星、木星、土星、天王星、そして「海王星」まで全7曲50分の大作です。特に第4曲「木星」が好まれるようで、テレビコマーシャルで流れたり、サビの部分だけ取り出して……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/atogaki8.htm

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