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2005/11/06

笑福亭三喬「首の仕替え」

【世紀末亭】11月6日定期アップ

このところしばらく海を見ていません。最後に見たのは和歌山の友ヶ島を訪ねた折、ということは、もう6年近く見ていないことになります。さらに、海で泳いだ記憶を辿ると……、敦賀の松原海水浴場だったから、免許取立ての頃で……、わッ、20年前ですか。

あまり海に馴染みのないわたしなんかがたまに海を見ると、気持ちが開放されるような感じを覚えてしまいます。たとえ対岸が見えている大阪湾のような海でも、しばらく眺めていたいと思わせる開放感がありますね。

同じ水際でも、琵琶湖の岸に立ったときには、なぜかこの開放感が海とは違うような気がします。今ちょっと地図で大きさを確認すると、彦根あたりから眺める琵琶湖は、大阪南港から眺める大阪湾とさほど変わりがないのに、湖はス〜ッとどこまでも続いていく広がりに欠けるというか。

光景はどちらも同じ距離感として目に映っているのに、気持ちの中で海は広がり湖は広がらない。これはたぶん、心理的な何かが作用しているのでしょう。大阪湾といっても海は世界の海に繋がり地球の70%を占めるほど広大なもの、日本一大きい琵琶湖といっても池の巨大なもの、というような思い込みの錯覚です。

まっ、覚めた目で見て「どちらも同じ」と悟りを開くよりも、錯覚でもいいから大阪湾を見て「地球の海」を感じられたら、その方が幸せかな、とか思ったりもします。

●笑福亭三喬「首の仕替え」
表を通る喜ぃさんを呼び止めた甚兵衛さん「どうしてそうバタバタ忙しそうにしているのか」尋ねると「女ごのケツを追い回すのに忙しい」という返事「女ごに持てる何かよい方法はないか?」と聞かれ「いちみえ、におとこ、さんかね、しげぇ、ごせぇ、ろくおぼこ、ひちぜりふ、やじから、きゅ〜きも、とひょ〜ばん」と教えるが、どれにも当てはまりそうにない。そこで究極の奥の手「首を取り替える医者」を紹介したのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug380.htm

●桂米朝「祝いの壺」
素寒貧(すかんぴん)の二人が道でバッタリ出会った「金なしに酒を呑む方法がある。昔馴染みの芸者が店を持ったので、水壺を祝いに持って行けばご馳走になれる」という。そこで、二人合わせても二十五銭しかない金を持って、二荷入りの水壺を求め古道具屋へ走るが、まともな品はやっぱり一円以上して手が出ない。しかし「ワケアリの一品なら二十五銭で売ってもよい」と言うので、そのワケとやらを聞くと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug130.htm

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コメント

雑感二題

昔、公共広告機構さんのCMでしたか
廃油凝固剤のCMでしたかに
家庭の流し台の排水溝から油を捨てようとしている映像とともに
「ここは海の入り口です」というコピーが出るものがありました。
わたし、これを初めて見たときぞっとしました。
以来、洗い物をしている時、排水口を見て時々思い出します。

子供の頃に読んだ絵本で
「川」でしたか「川は流れる」でしたかタイトルは忘れましたが、ページをめくる度に、山に降った雨が小川になり、渓流になりダムや湖を経て都会へ、そして
「ついに海に出ました」
のフレーズとともに川は海へと到達するというのがありました。
これ大好きでした。
以来、湖を見ても海まで想像はふくらみわくわくします。

投稿: くらきっとん | 2005/11/07 13:05

>以来、洗い物をしている時、排水口を見て時々思い出します。
わたしなんか、水洗便器の穴を見るたびに、
何か得体の知れないものが飛び出て来るのではないか、
と恐れるような、SFチックな子どもでした。
下水道に通じてるのは分かってても、その先が海とまでは想像できなかった。

>以来、湖を見ても海まで想像はふくらみわくわくします。
結局、これなんですな。琵琶湖→淀川→大阪湾→太平洋→世界の七洋。
そこまで膨らまないところが、まだまだ修行が足りません。

投稿: 仮隠居 | 2005/11/07 16:39

沖縄には島が約160、その内人の住んでいる島が50弱です。
離島には「離島苦(しまちゃび)」という言葉が有ります。
海は島と島を隔てるもの
一度天災による飢饉がおこると、その悲惨さはものすごいものですね。
しかし
一方
海は島と島とを結ぶ広い広い道
この海を通じて船でどこの島にも行ける
島は海を通じて世界に開かれている。
過去
沖縄が大航海時代と言われた
琉球王朝前期
そして
戦後の米軍統治時代初期
人々は荒波を乗り越えて海を越えて出て行き帰ってきたんですね。

そう考えた時代は苦しい中でもすっごくバイタリティ溢れた時代。

投稿: くらきっとん | 2005/11/07 18:32

ちょっと強引に

「線路は続くよ、どこまでも♪」って歌ありましたでしょ
覚えた頃は、真っ直ぐ延びる線路が続いているイメージでしたけど、
長じるにつけ、鉄道で旅行するにつけ、本当にホント、
JRの線路は全て続いてることを実感しました。
なんと「東京発パリ行き」なんてのも計画されてたとか聞きます。強引すぎる。

投稿: 仮隠居 | 2005/11/07 23:24

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