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2005/11/20

桂文鹿「錦の袈裟」

【世紀末亭】11月20日定期アップ

買い物をする時には「事前にリストアップしたものしか買わない」という融通の利かない生活態度を貫いているつもりでも、つい出来心でリストにないものを買ってしまうことがあります。

例えばそれが日常消費するものでなおかつ、たまたま販売促進強化のために安かった、とかなら許されもしますが「なぜ、こんなものを買ったのか?」説明できそうで、できないもののひとつ、それが3袋入りのうち1袋使用しただけで期限切れを迎え、けどもったいなくて捨てられないドライ・イースト菌です。

確かスーパーの閉店売り尽くしセール、持ってけ泥棒均一百円のワゴンで見付けて「あッ、パンでも焼こうか」と安易な乗りで買ってしまったものでした。1袋6グラム、この6グラムのイーストを使用してパンを焼くには小麦粉が3カップ必要です。ほかにも色々こまごまと必要らしいのですけど、素パンを焼くだけなら小麦粉とイースト菌と水・砂糖、それにバター・塩があれば十分だろうと実験してみました。

説明書に従って、混合、攪拌、こね、1次醗酵、ガス抜き、整形、2次醗酵、焼き上げ。簡単とゆや簡単なようで、それでもやっぱり熱湯注いでフタして3分というわけにもいかず、昼時からかかって出来上がりは3時過ぎ、って時間かかりすぎやん。

ご自分でパンを焼かれた方ならご存じでしょうが、カップ3杯の小麦粉から出来上がるパンの量、大きさは何とちょっと大き目のメロンパン程度の、間違っても食パン1斤にはほど遠いしょぼい量です。これだけのものを作るために3時間以上ですか……、材料費を合算してみると、出来合いを買った方がずいぶんお得なような……、その代わり手作りの味の方は、手作りの……、余ったイースト菌はその後一度も使われずに品質保持期限を越えてます。

●桂文鹿「錦の袈裟」
隣り町の若い連中が松島へ繰り込み、緋縮緬(ひぢりめん)の長襦袢(ながじゅばん)の引き抜きで総踊りという遊びの末に、自分たちのことをボロクソにけなして帰ったと聞いた町内の若い連中、何かギャフンと言わす手はないか考えた。呉服屋の伊勢屋の番頭が持って来てくれた錦のハギレがあるのを幸い、フンドシに締めて揃いの錦のフンドシで乗り込もうと相談がまとまるが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug381.htm

●桂む雀「おごろもち盗人」
昼のうちに客を装って訪問し、閂(かんぬき)、掛け金の位置を覚えておき、夜になって地面を掘って穴を開け、手を伸ばして外して押し入る泥棒を、モグラの浪花言葉「おごろもち」にかけて「おごろもち盗人」と呼んだ。今しもひとりのおごろもち盗人が地面を掘り、穴から手を伸ばしたところ……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug133.htm

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2005/11/06

笑福亭三喬「首の仕替え」

【世紀末亭】11月6日定期アップ

このところしばらく海を見ていません。最後に見たのは和歌山の友ヶ島を訪ねた折、ということは、もう6年近く見ていないことになります。さらに、海で泳いだ記憶を辿ると……、敦賀の松原海水浴場だったから、免許取立ての頃で……、わッ、20年前ですか。

あまり海に馴染みのないわたしなんかがたまに海を見ると、気持ちが開放されるような感じを覚えてしまいます。たとえ対岸が見えている大阪湾のような海でも、しばらく眺めていたいと思わせる開放感がありますね。

同じ水際でも、琵琶湖の岸に立ったときには、なぜかこの開放感が海とは違うような気がします。今ちょっと地図で大きさを確認すると、彦根あたりから眺める琵琶湖は、大阪南港から眺める大阪湾とさほど変わりがないのに、湖はス〜ッとどこまでも続いていく広がりに欠けるというか。

光景はどちらも同じ距離感として目に映っているのに、気持ちの中で海は広がり湖は広がらない。これはたぶん、心理的な何かが作用しているのでしょう。大阪湾といっても海は世界の海に繋がり地球の70%を占めるほど広大なもの、日本一大きい琵琶湖といっても池の巨大なもの、というような思い込みの錯覚です。

まっ、覚めた目で見て「どちらも同じ」と悟りを開くよりも、錯覚でもいいから大阪湾を見て「地球の海」を感じられたら、その方が幸せかな、とか思ったりもします。

●笑福亭三喬「首の仕替え」
表を通る喜ぃさんを呼び止めた甚兵衛さん「どうしてそうバタバタ忙しそうにしているのか」尋ねると「女ごのケツを追い回すのに忙しい」という返事「女ごに持てる何かよい方法はないか?」と聞かれ「いちみえ、におとこ、さんかね、しげぇ、ごせぇ、ろくおぼこ、ひちぜりふ、やじから、きゅ〜きも、とひょ〜ばん」と教えるが、どれにも当てはまりそうにない。そこで究極の奥の手「首を取り替える医者」を紹介したのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug380.htm

●桂米朝「祝いの壺」
素寒貧(すかんぴん)の二人が道でバッタリ出会った「金なしに酒を呑む方法がある。昔馴染みの芸者が店を持ったので、水壺を祝いに持って行けばご馳走になれる」という。そこで、二人合わせても二十五銭しかない金を持って、二荷入りの水壺を求め古道具屋へ走るが、まともな品はやっぱり一円以上して手が出ない。しかし「ワケアリの一品なら二十五銭で売ってもよい」と言うので、そのワケとやらを聞くと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug130.htm

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