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2005/03/06

橘ノ円都「鰻谷」

【世紀末亭】3月6日定期アップ

大阪にはいつ出かけても落語が聞ける場所「落語定席」がありません。前回ご紹介した「天満天神繁昌亭」はその定席を大阪に、という願いが込められているのですが、そしたら落語を聞くということがそんなに難しいことなのかと言えば、全くそうではありません。

毎日、どこかで、だれかが、それこそ「どこに行こうか」と迷うぐらいの数の落語会が開かれています。例えば本日2005年3月6日(日曜)なら、▲町家寄席@住まいのミュージアム▲社会人落語@太融寺▲桂団朝独演会@テイジンホール▲ベラグラ寄席@ベッラグラーツィエ▲上方亭ライブ@ワッハ上方▲上方演芸特選会@国立文楽劇場▲きつねと六さん、熊はんと町内の連中の会@高津宮▲ろくろく坊'S@西宮公同教会▲兵庫八天の会@蛭子神社。

客席千数百人の大きな会から、十数人の小さな会まで、行く気で捜すと腐るほど出て来ます。捜さないと、全く分かりません。これやね、これが落語を身遠いものにしてるのでしょうね。で、さっきの定席「繁昌亭」が熱望されてるということです。

「繁昌亭」の客席数は200前後になるそうで、これは落語を聞くにはちょうど頃加減の大きさになります。マイクを通さず噺家さんの生声だけで聞ける大きさ、うるさくなく、聞こえなくもなく、隅々まで声が通り、心地よくぐっすりと……、んなことはありませんけど。

先日「ザ・シンフォニー・ホール」で開かれた落語会に出席する機会がありました。総客席数1700余名、さすが演者の後ろ側と3階席には入れず、1300名ほどの聴衆の中では生声は通りませんからPAを使って増幅します。ザ・シンフォニー・ホールはその名の通りシンフォニー向けに作られた小屋ですので、音響効果抜群……、と思いきや、残響何秒の世界は古典音楽には向いても古典落語には全く向きません。

まぁこっち入りぃな、りぃなりぃなりぃなりぃな……、上げてもらいます、ますますますます……、お前この頃何してんねん、ねんねんねんねんねん……、落語には向かん、かんかんかんかん……、程よいキャパの小屋に限る、ぎるぎるぎるぎるぎる……、まだやるか、るかるかるかるか……、怒るで、るでるでるでるでるで……、お喧しゅう、しゅうしゅうしゅうしゅう……、もぉえぇっちゅうねん、ねんねんねんねんねん……

●橘ノ円都「鰻谷」
1989(平成元)年、町名変更によって今はもう消え去ってしまった「鰻谷」現在の西心斎橋1、心斎橋筋1、東心斎橋1、島之内1の北端、長堀通に沿った町は、明治になるまで「長堀南通り」と呼ばれていたという。それがどうして「鰻谷」と呼ばれるようになったのか、その由来を説く教育的落語。かなぁ……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug360.htm

●桂米朝「鹿政談」
江戸時代、奈良の名物は「大仏に、鹿の巻筆、霰(あられ)酒、春日灯篭、町の早起」とされていた。奈良の鹿は興福寺・春日大社の神鹿、事故でも誤りでも殺せば死罪と決められており、もし朝起きて家の前に鹿の死体があれば一大事である。そこで、よそが起きるより早く起き出して確認し、死体があれば移動させないといけない。それでみな早起きをするのが名物というのだが。三条横町の豆腐屋六兵衛さんは、その鹿を犬と誤まって自らの手で殺してしまう。正直者ゆえ、移動させることもならず、役人に召し捕られてお白州にかかると……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug112.htm

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