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2004/12/19

橘ノ円都「鬼門風呂」

【世紀末亭】12月19日定期アップ

のっけは「天満の牢」の最新版。
天満の牢=江戸時代の観相学の大家・水野南北(1760〜1834)が二十歳の頃、刃傷沙汰を繰り返し「天満の牢屋」に入れられたという。また、神坂次郎氏の小説「だまってすわれば−観相師・水野南北一代」の一節に「結局、熊太は松屋町筋、与左衛門町の牢屋敷へ投獄される」の記述がみられる。与左衛門町は現在の中央区糸屋町、マイドームおおさか(西町奉行所のあったところ)の北東斜め向かいなので「天満の牢」は「松屋町牢屋敷」の別称のようである。維新前後の大阪の牢・監獄の変遷は1882(明治15)年12月に「堀川監獄分署(現在扇町公園)」ができるまで、大坂の牢屋敷は「松屋町牢屋敷」のみであった。その後1885(明治18)年に「松屋町監獄分署」は「堀川監獄分署」に吸収合併され1890(明治23)年「堀川監獄署(大阪監獄署)」と名称が変わり、付近の市街地化にともない1920(大正9)年、堺へ移転。

先日、福引「ガラガラ」を回しました。期間中お買い上げ3000円に付き1回の抽選ということで、2回ガラガラッ。もちろん出玉は2つとも白で残念賞の発砲入浴剤もらって帰ったわけです。しかし、あのガラガラの中に本当に当たりの「赤玉」は入っているのでしょうか?

過去、幾度となくガラガラと回して、ついぞ当たりなんて出たことない身として、当たり玉は入ってない。入っていても出る穴よりも大きいに違いない。ついつい、思ってしまいます。いっぺんでいいから「大当たり」を当ててみたい。

●橘ノ円都「鬼門風呂」
家主(いえぬし)のところへ、店子(たなこ)の音さんが家賃を払いにやって来た。世間ばなしに嫁さんのお咲さんとの馴れ初めを聞くうち、昨年までの極道生活から抜け出すきっかけとなった、姓名学の先生との出会いの話へと進んでいく。話は姓名学から易学へ、そして鬼門の風呂へと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug355.htm

●桂米朝「風の神送り」
ちまたに悪い風邪が流行って、長屋の仲間にも仕事に出られなくなる者が出はじめた。有志を募り、伝承「風の神送り」を執り行おうと町内の長老に知恵を借り、寄付金集めに回りはじめると……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug106.htm

上方落語メモ【世紀末亭】4月1日移転しました。
URL:http://homepage3.nifty.com/rakugo/

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2004/12/05

橘ノ円都「加賀の千代」

【世紀末亭】12月5日定期アップ

まずは前回の調べ物「天満の牢屋敷」のご報告。明白に「天満の牢」について記述した資料は見付かりませんでしたが「大阪市北区史」その他の記録から次のような推量をしております。まだまだ異見お待ちしておりますので、ご存知の方は是非ご一報ください。

天満の牢=1882(明治15)年12月に「堀川監獄分署(現在扇町公園)」ができるまで、大坂の牢屋敷は「松屋町牢屋敷」のみであった。その後1885(明治18)年に「松屋町監獄分署」は「堀川監獄分署」に吸収合併され1890(明治23)年「堀川監獄署(大阪監獄署)」と名称が変わり、付近の市街地化にともない1920(大正9)年、堺へ移転。おそらく「天満の牢」というのは新旧2つの「監獄分署」を区別するために「堀川監獄分署」のことを、場所がらみでそう呼んだのだろう。

わたしの住まいは数棟のビル群がひと塊りになって、いわゆる「団地」を形成しています。団地と言いましても郊外のように緑の中に建つのではなく、商業市街地の繁華な中にあるため、建物のあいだの私道は駅に通じる道路として車両の通行が頻繁です。にもかかわらず私道であるため、団地ができて以来ずっと駐車禁止ではありませんでした。

夜遅く帰宅して離れたモータープールに止めに行く面倒を逃れるため、しばしば路上駐車させていただいて便利に思っていたその「駐車自由道路」が、この8月末に「駐車禁止」の措置を受け、もう1時間たりとも止めておくことができません。全くもって不便この上ない。

きっかけは住民運動とかいうやつらしく、署名を集めてしかるべき役所に持ち込んで受理された結果、ということです。わたしの見た目、道路両側に車両がびっしり止まっていようが、大型バスが楽々通過できるほど幅の広い私有地内一方通行路を駐禁にする必要があったのか……?

ウワサでは道路を車庫代わりにしていた1階商店と一部団地住民の間に争いがあり、商店側がバリケードを使用して自分たち以外の駐車を排除し始めたことで、プッチンした町内会長が動いたから、とか。噂です、風評です、根も葉もあるけど、本当のところは明るみに出ません。

ま、面白いのは店の前にバリケードを築いて専用駐車場にしていたその店主が、駐禁の標識が立った明くる日には「駐車マナーを守りましょう。ここは駐車禁止です」の横断幕を軒下に吊るして、模範市民を演じてることでしょうか。

●橘ノ円都「加賀の千代」
大晦日を迎え、あちらこちらからの請求書をかかえ込んだ夫婦、支払いたい気持ちはあるが支払う金がない。そこで「釣瓶を取られても、もらい水をしてまで朝顔を可愛がったという、加賀の千代」のように亭主を気にかけ可愛がってくれている、ご隠居さんのところに金を借りに行くことにしたのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug354.htm

●桂米朝「稲荷俥」
高津神社の前で客待ちをしている俥屋に初老の紳士が「産湯まで」と声をかけた。産湯の森、産湯稲荷の近くでは最近、狐が人を化かすと聞いているので気が進まない。「俥賃をはずむ」という紳士の言葉に、ようよう俥を東に走らせ、やがて産湯の森が見え始めた頃……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug105.htm

上方落語メモ【世紀末亭】4月1日移転しました。
URL:http://homepage3.nifty.com/rakugo/

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