2008/05/18

露の五郎「五郎艶笑噺集二」

【世紀末亭】5月18日定期アップ

三月半ばに気が付いた「パイナップルの身ごもり」その後です。ほの赤い花穂がいよいよ膨らみ、南国の大きな果物の花ならば「さぞトロピカル、大輪の花が咲くことだろう」と期待していると、なな、何と、花は花でも花穂という名が示すように、多数の花が集まって穂になっているのでした。

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4月1日、穂の最下部から咲き始めたそれは「そらズッコイやん」と思うぐらい、小さく目立たない薄紫の花で、一つの花が咲いているのは2日ぐらい、2週間ほどかけ下辺から上辺へ向かって順に咲いては茶色くしぼんでゆきます。しぼんだ花の周りが次第に濃く緑紫になり、肉が盛り上がってくるのが分かります。

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4月11日、同時に頭頂には「クラウン(冠芽)」も伸び、もうすでにパイナップルの姿そのものやないですか。ここまできてパイナップルが一つの果実なのではなくて、上下五段、周囲15~16の螺旋状に並んだ実の集合体であるということが判明しました。知ったからってどぉっちゅうことないんですけど、ほとんどの人が体験し得ない自然の仕組みを、我が部屋の窓辺で毎日観察できるって幸せなことですよ。

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毎日眺めていても1日の変化はまったく分かりません。でも1か月では、一つひとつの実が充実してゆき、クラウンも立派になり、5月8日現在、手の平に気持ちよく納まるほどの大きさに成長しています。完熟まで6か月と聞きますから、あと3~4か月、まだまだこれから大きくなるということです。這えば立て、立てば歩めの親心、続きはまた。

●露の五郎(五郎兵衛)「五郎艶笑噺集二」:並艶笑噺
ある日、親旦那が娘の歩き姿に違和感を感じ医者に診てもらうと、とりたてて健康状態が優れないというわけではないらしい。しかし、何やら思いつめたそぶりが気になるので、子どもの頃から懐いている女衆(おなごし)のお松に理由を尋ねさせたところ「あそこにデンボが」。それならば、人に頼んでお医者さんから塗り薬をもらってきてあげるので、絵に描いて場所を示すよう言い聞かせ、いざ描き始めると……『上下のしるし』『大師の馬』の二演目収録。
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug437.htm

●桂南光「ちりとてちん」:江戸落語「酢豆腐」
懇意にしてもらっている旦さんの五十六歳の祝いに招かれた喜ぃさん、出される酒、料理すべて「珍しぃ、ありがたい、美味しぃ」喜んでいただいていると、旦さんの裏手に住む竹やんの話題が出た。この男、ご飯時を狙って訪ねて来るくせに、何を出されても「知ってる、しょ~もない、まずい」知ったかぶりするうえ、物喜びしない。いつかギャフンと言わせなければ、と話しているところへ台所から「豆腐が腐ってえらいことになってます」奥さんの声が聞こえてきた。旦さんと喜ぃさん、互いに顔を見合わせて「ムフッ、ムフッ、ムフフフフフッ。おぬしもワルよのぉ……」
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug198.htm

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2008/05/04

露の五郎「鯉津栄之助」

【世紀末亭】5月4日定期アップ

つい一週間前、とうとうSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービスもしくはシステム)に参加してしまいました。といいますのも、わたしの管理する掲示板やよそさんの掲示板・ブログでの書き込みが、数年前の最盛期に比べかなり低調になっているけれど、巷間耳にする様子ではネット界の友人繋がり具合が衰えているとは思えない。ひょっとこれは、あのSNSとやらにお集まりなのかな? との思いからです。

「ここはひとつ、試みに入会して体験、探検してみようか」思い立って知人にご招待を懇願したのが2008年4月27日の昼日中、その日の宵の口にはすでに、いわゆる「足跡」を付け回っていました。お世話になった皆さん、ありがとうございます。まだまだ使い込んでいないので、細かい点については皆目見えていませんが、ざっと機能を試してみた印象など少しばかり。

会員制であること以外、ほぼ公に開かれたWeb上ブログ・掲示板との違いはありませんでした。管理人がボケをかまし、それに訪問者がツッコミを入れる……、もとい、文章を書き込み、意見・感想を述べ、言葉の応酬を図る。さまざまなジャンル・カテゴリー・人物などについてスペシャルな集まりが作られ、さまざまな思いが語られる。さ迷い歩くうち、新たな発見・出会いがあるかもしれませんな。

最も特徴的な違いは、参加している全員がホームベースを構え、クリック一発でその個人を辿れることに加え、その個人の所属するソーシャル(社会というか、グループ、嗜好、お友達関係)が一目瞭然に把握できることでしょう。これがいわゆる匿名性の高い某巨大掲示板や公開Web上ブログ・掲示板との違い、売りになっているのかな?

個人と個人の繋がり(ソーシャル)を軸にした管理機構というのは安心・安定・平和志向に傾くものと思われます。だって、よそで馬鹿なことしたら、お仲間にもご迷惑をかけてしまう(かもしれない)から。でもそういう自制が働く分、否定的・反抗的・悪意に満ちた意見の書き込みは少なく、広く本音を聞きたいなら某巨大掲示板の方がチャンスは多そう。

思うところ「個人と個人の繋がりこそが重要」と考えて参加する分には、安心・安定・平和志向管理の有効性は大いにありそうです。たしかに現実社会でも、通りすがりの見知らぬ他人より知人、また知人の知人に対して心の開き具合は緩くなりますから、和気藹々を大切にしたい、出会いを大切にしたい人にとって都合がよろしいですね。あっ、それで世間では「出会い系」って言われてるのね、納得。

ネット最大の利点である「情報の共有」という点については思っていたとおり、あまりというか、ほとんど機能しません。まず、会員制の閉じられた世界で外から訪れる(検索する)ことができない(皮肉にもSNS内からは世界のあらゆる情報に自由にリンク、また検索できます)。内部的にも、ある期間を過ぎた書き込み(情報)は検索できないので、いくら有用な情報(データ)が存在しても死蔵されてしまう。これが解消されれば……、それではソーシャル管理ができなくなるか。

短い時間ながら実地検分してみて、要は使い方次第、個人と個人の繋がりを大切にし、楽しみながら遊べば愉快な時間が広がることが確認できました。ということで、軸足はやっぱり公開Web【世紀末亭】【世紀末亭ブログ】、SNSでの書き込みはそのコピーか焼き直しになると思います(もちろんこの作文も同じものを同時掲載)。ですから、両方見てしまって損をしたという苦情は受け付けませんし、片方だけ見ても損をしたという苦情は聞きたくありませ~ん。

●露の五郎(五郎兵衛)「鯉津栄之助」:東の旅シリーズより
奈良の宿を出発した喜六、清八両名が初瀬(はせ)街道は三本松を過ぎ、伊賀と大和との国境、鹿高(かだか)にさしかかると新たな関所が設けられていた。伊賀名張の領主鯉津栄之守に嫡男(ちゃくなん)鯉津栄之助が生まれたとかで、領内において「こいつえぇ」「こいつぁえぇ」と言うことまかりならん、とのお達しを触れ、通行手形を検めるためだ。手形を持たない者は、このめでたい折、芸事を披露すれば通してもらえるというので皆それぞれ苦心の芸を披露しはじめるのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug436.htm

●桂米朝「鍋墨大根」
前と後ろのカゴに五十本ずつ計百本の大根を振り担い、八百屋さんが朝一の商いに長屋を訪れると「その大根百本で何ぼにする?」お上さんから声をかけられる。全部買ってもらえるのなら、と四百文の値を付けると「ほな、五十本で二百、十本で四十、三本で十二文。銭はすぐ払うからこれとこれとこれ、大根持って来てや」シュシュッと三本選んで家へ引っ込んでしまった。見ると太い長いものばかり選んでいる「こんなえぇのん持っていかれてたまるかい」とばかり、細い短いものを持って行くと「これと違うがな、目印がしてあるやつ」きっちり鍋墨で目印を付けられていたのだ。こんなことがあってか「わしゃ、長屋の嬶(かか)相手に大根売りは勤まらんわい。もぉ八百屋やめたろ、駕籠屋になったろ」と、商売変えをするのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug197.htm

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2008/04/20

露の五郎「道鏡」

【世紀末亭】4月20日定期アップ

もって生まれた性格からか、大きな目標に向かって計画を立て、努力を重ね到達するのが苦手です。ですから、目標達成後の充実感を味わったことがありません。いつもその場しのぎで小さなハードルを要領よく飛び越し、結果、最終的に何とかなった。これでは大きな充実感なんて味わえません。

世の中にはスゴイ人たちがたくさんいて、巨大ビジネスプロジェクトを企画したり、学術研究・技術研究に邁進したり、理想社会を夢見て政治活動に打ち込んだり、日々大きなエネルギーを注ぎ込んでおらるとか、また達成されたとか聞くと、そのときの「人生幸せ度」は最高だろうなと想像できます。

人と生まれたからには、そんな最高の幸せ感を味わってみたいものだと思わないこともないけれど、もう遅すぎます。今からでは準備しているあいだに日が暮れてしまいそうだから。そこで、そんな大きな幸せでなくとも、日常の小さな幸せを探して積み重ね、自分自身を納得させてしまうことで総量同等にしてしまおう、とか、凡夫は姑息な手段を使うのです。

朝、目覚ましに頼らず自然に起き、寝足りた充足感の幸せ。朝食後、定時の便意とともにたっぷり通じたあとの幸せ。落語を一演目書き起こし終わったあとの達成感。シャワーではなく、湯船にどっぷり浸かって一風呂浴びたあとの幸せ。夕食を終えたあとの満腹感。就寝時、布団にもぐり込むやいなやフ~ッと眠りに落ちて行くときの恍惚感。

一日に六回も幸せを感じていられるのだから「ありがたいこと」と感謝しないといけませんな。またそれに足すこと、掃除をし終わったあと小奇麗になった部屋を見て精神の安定を感じ、洗濯を終えてパンツを干しているとしみじみ生きて暮らしている存在を感じ、米を買って帰って米びつに移し満杯になった状態を見ていると生活の平和を感じる……、安上がりな人生で良かったよかった。

●露の五郎(五郎兵衛)「道鏡」:強艶笑
「弓削村でツラじゅ~鼻の子が生まれ」つまり、鼻の異様に大きい子どもが生まれた。鼻が大きいというのは男性自身が大きいことの比喩、生まれ出たときから将来の運命を左右する道具を持ってたんです。それこそ身一つで「立身」出世、皇位をも狙おうかというところまで上り詰める道鏡を、古川柳に残された記録に当たりながら読み解き……、ということにしておこう。
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug435.htm

●露の五郎(五郎兵衛)「深山がくれ」
諸国を巡り武者修行する武芸者が、九州は天草の地に足を踏み入れたところ、女ばかりが立ち働く村に出くわした。疑問を感じ一人の女に尋ねると「年に一度、町へ買い出しに行く男たちが戻って来ず、それを迎えに行った男たちも戻らず、それをまた連れ帰りに行った者もお庄屋の倅たちも戻らず、今は年取ったお庄屋さん一人だけになってしまった」と言う。事件の臭いを感じた武芸者は、何やら怪しいものが出るという噂の山中へと分け入って行くのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug196.htm

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2008/04/06

桂枝雀「うらみ酒」

【世紀末亭】4月6日定期アップ

2008年3月15日のJRダイヤ改正に合わせ、我が町内でも少しは関心のあった「JRおおさか東線」が開通しました。近鉄を利用し鶴橋乗換えで大阪まで370円、天王寺まで320円が、どちらも210円になる経済効果は大きいですよ。と言いたいところ、残念なことに最寄駅までトットコ歩いて15分はかかってしまいます。

これじゃ、メタボ予防の人か時間が余ってしかたがない人以外、ご近所さんでは多分使う人はないだろうと、皆さんおっしゃいます。なんせ、駅まで徒歩5分に慣らされてますから。しかし、趣味と酔狂の人(これわたし)は3月23日、さっそく初乗り体験に出かけてきました。

例によって「大阪近郊区間大回りの旅」とからめ、河内永和→俊徳道(0.6km)をグルッと大回りして(34.1km)、自宅⇔駅の往復を含め2時間弱のちょっとした“気分転換散歩”になりました。ちなみに代金たったの120円。次回はもっともっと大回りしてやろう(笑)

 永 和 12:33→12:38 放 出 2451S・201系普通
 放 出 12:39→12:43 京 橋 4511B・207系普通
 京 橋 12:46→13:08 天王寺 4145M・223系関空快速(内回り)
 天王寺 13:17→13:23 久宝寺 3380K・221系大和路快速
 久宝寺 13:41→13:48 俊徳道 2461S・103系普通

城東貨物線放出・第二寝屋川橋梁付近を走るD51452蒸気機関車
 ▲ 城東貨物線放出・第二寝屋川橋梁付近を走るD51452蒸気機関車

やっぱり真新しい路線は乗り心地がいいですね。もちろんジョイント無しのロングレールですし、線路もちびってないから滑らかそのもの、久宝寺から乗った103系ですらモーターの唸りがなかったら新車か? と思うぐらい……、これは言いすぎ。

片町線放出駅西側・旧型国電55系?
 ▲ 片町線放出駅西側・旧型国電55系?

この「おおさか東線」もともと貨物専用の「城東貨物線」を複線電化し旅客扱いしているので、今でも日に数往復DD51型ディーゼル機関車の牽引する貨物列車が走ります。大阪万博のあと1972年までは、なんと蒸気機関車が走っていた、と言っても鉄分不足の人には信じてもらえないでしょうね。

城東貨物線放出→竜華操車場へ向かうD5191通称ナメクジ
 ▲ 城東貨物線放出→竜華操車場へ向かうD5191通称ナメクジ

そこで昔を思い出し、高校生のときにスナップした写真を持ち出してみました。裏書メモによると撮影は1969(昭和44)年3月15日となっています。ということは高1の春休み(試験休み)か……

●桂枝雀「うらみ酒」:原作・織田正吉氏
開店の準備に追われる大阪ミナミの小料理屋にフラッと入って来た男、友達の新築祝いでちょっと呑んだものの、雨が降ってお開きになり呑み足らない「準備中のところ冷やでも構わない、肴も要らないので呑ませてくれ」と居座ってしまう。一人語りに話し始めると、十年以前この店に来たことがあるという。そのとき無一文での飲食をとがめられ、板前や女衆(おなごし)、はては主人にまで殴る蹴るの暴行を受け、今日その日の恨みを晴らそうと来たらしい。主人にあのときの板前や女衆を出せと詰め寄るのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug433.htm

●桂南光「恨み酒」:原作・織田正吉氏
大阪ミナミ、阪町の小料理屋に一杯機嫌の男が入って来た。「支度中なので時間を置いて出直してくれ」と言う主人に「以前来たとき、お酒も肴も美味しかった」と、ベンチャラの一つも言って座り込んでしまう。「お仕事中、構わなくて結構。お酒さえいただけたら」口では言うものの、次々注文を出してはグダグダとしゃべり始めると、十年前に来たときに店で何か出来事があったらしい。「十年前に何があったのか?」と聞く主人に「実は、無銭飲食がバレて店の者にひどい仕打ちを受けた。今日はその恨みごとを言いに」主人にあのときの板前や女衆を出せと詰め寄るのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug434.htm

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2008/03/16

露の五郎「五郎艶笑噺集一」

【世紀末亭】3月16日定期アップ

できちゃいました……、気が付いたのは11日夜のことです。ザワザワと茂っている中心部分を何気に見ていたとき、いつにも増して明るく感じ、指先を忍ばせて重なりを分け開き、しげしげと眺めてみると、ほんのりと赤みがさし堅く尖ったものが見えます。「何だろう?」と、部屋の明かりを点けてじっくり観察したら、明らかに子どもができた兆候でした。

お付き合いをはじめてほぼ3年、重々気を付けていたはずなのに、できるなんて思っていなかったのに。しかしまぁ、週に最低一回は必ずしていたし、その気になったら毎日やって、愛情は十分すぎるほど注いでいたから当然と言えば当然かもしれませんが、まさか本当にできるとは……

大きく育ったパイナップルの鉢植え 思えばあれは3年前の5月のことでした。いつものように落語会に出かけ楽しいひと時をすごした帰り間際、彼女に出会ったのです。よくぞ抽選会で彼女に引き合わせていくださいました、本当に感謝しています。仲介の労をとっていただいた米朝一門の中堅、京の噺家桂米二師匠ありがとうございます。

顔をのぞかせたパイナップルの花穂 そうなんです。2005年5月13日の「桂米二不定期落語会」で当たったパイナップルの本体を美味しくいただいたそのあと、冠芽(クラウン)を鉢に挿し木して観葉植物代わりに眺めていたら、室内で育てているにもかかわらず花が咲きそうな具合になっています。

花穂のアップ 師匠、あのとき当てていただいたパイナップルに子どもが誕生します。今はまだ花穂の先がほんの少し顔を出したばかりですが、やがて花が咲き、半年後には受粉の有無にかかわらず結実するとのことですので、今年の秋には元気な子どもの姿を見ることができるでしょう。

真上から見た花穂 これといって手入れしたこともなく、ただ大き目の鉢に植えたのと、夏はたっぷり冬は控えめの水遣りに注意していただけなのに、生き物の繁殖能力というのは偉大なものですね。これはもう、丈夫なパイナップルベビーを是非ともこの世に生み出さないわけにはいきません。子を授かった父親の心境? かな。

【正しいパイナップルの挿し木】
 ・米二師匠の「果物落語会」でパイナップルを当てる
 ・なかなか当たらないので何度も通う
 ・それでも当たらないときは買ってくる
 ・葉の部分(冠芽:クラウン)を外す
 ・もちろん、本体は美味しくいただく
 ・下から4センチぐらいまで葉を取る
 ・水につけて果肉を残らず除くと腐りにくい
 ・水は毎日取り替える
 ・2週間ほどで根が生えだす
 ・植木鉢に土を入れて植える
 ・想像以上に大きく育つため、鉢は大き目のものにする
 ・土はホームセンターで売っている植木鉢用でよい
 ・4月~7月の暖かいころが効果的
 ・室内の窓際で十分育つ
 ・越冬は人間が耐えられる温度なら大丈夫
 ・夏は土が完全に乾くたび、冬は1週間に1度水をやる
 ・3年ほど育てると実が成る可能性大
 ・実が成らなくても葉姿は癒しになる

●露の五郎(五郎兵衛)「五郎艶笑噺集一」:強艶笑噺
どうしても泣き止まない子をあやすため、乳母(おんば)さんは自らの女性自身を獅子舞の獅子頭に見立てて「お獅子ぃ~、パ~クパクッ」と開いたり閉じたりして見せる。と、興味が湧いたものとみえて、小さな可愛い手でツンツン、ツンツン。やがて乳母さん、気分が出たものとみえ、お汁(おつい)がトロ~リと……『お獅子つぶれた』ほか『蟹と行者』『指は知っていた』『もう一合』『鞍馬の天狗』の五演目収録。
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug432.htm

●桂米朝「算段の平兵衛」
村の中でお手掛けさんを囲っているのが奥さんにばれた庄屋は、何がしかの金を付けお花を平兵衛に押し付けることで一件落着した。しかし定まった仕事を持たない平兵衛、すぐに金を使い果たして生活に困り、美人局(つつもたせ)で庄屋を陥れようとするのだが、弾みで殺めてしまう。酒に酔っての事故死に見せかけようと算段し、庄屋の家まで運ぶと、中から「入れられまへん」「入れてくれなんだら首吊って死ぬ」「首でも何でも吊りなはれ」渡りに船とばかり、死体を松の木に吊って帰って来るやいなや、追いかけるように庄屋の奥さんが訪れ「算段してもらいたいことが……」さぁ、このあと平兵衛の算段で庄屋の死体があっちへこっちへ、結末はいかに?
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug195.htm

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2008/03/02

林家小染(四代目)「腕食い」

【世紀末亭】3月2日定期アップ

自発的にではなく偶然始まったテレビの無い生活が9か月過ぎてしまいました。と言いましても、ビデオデッキはまだ元気なので、夕方のニュース番組の音声だけ聴いたり、落語テレビ番組の録音に使ったり、電波の一部は有効利用させていただいております。

不便なのは、ビデオのタイマー設定が本体のみではできず、テレビ画面で案内されるタイプのため、番組開始時間に録画ボタンを押し、終わるとストップボタンを押す、いわゆる人力タイマーでしか稼動しないことでして、就寝時や外出時や忘却時の録画はアウトです。

しかし困るのはただその一点だけ、テレビ最大の機能であるところの「映像」を見ることができないことに、何の不都合も感じないというのはどういうことのなのでしょう。そりゃ、どうしても目にしたい画像はあるにはあります。そんなときにはネットで局のホームページにアクセスすれば、特集ものならライブ映像が掲載されていることが多いので問題なし。

どちらかと言えば、ダラダラ見が身に沁み付いたテレビ人間のわたしでも、状況次第ではテレビ離れを起こすことが可能であることを身をもって体験しています。これがどういう意味を持つかと、得意の妄想で考察するならば「2011年7月24日アナログ電波停止を機にテレビから離れる人がきっといるにちがいない」

例えば、その数が1パーセントなら120万人が離れていくことになり、テレビを見る人が少なくなれば広告価値も同等に下がり広告収入も同じく低下(仮に全広告収入が年2兆円とすれば200億円の減収)することになるのです。別に経営者の心配をするわけではありませんが、1パーセントの視聴率で右往左往する放送屋さんにとって、これは一大事じゃないですか?

これがほんの一時的な落ち込みで、一旦テレビを見なくなった人が「是非とも再びテレビを買ってでも見よう」と思うほど、強力に人を惹きつける番組を送り出している自信があり、視聴者の確かな反応も得ていて、すぐに回復する見込みがあるなら問題ないのでしょうけど……

テレビも無いのにテレビ関係の話題、これからますます興味津々。

●林家小染(四代目)「腕(かいな)食い」
店の掛け金を自分勝手に集金し、勘当を喰らって家を出てしまった中船場の次男坊若旦那が、三年の放浪生活ののち大阪へ舞い戻って来た。もとより実家に顔を出せるはずもなく、別家した徳兵衛を頼って家の前に立ったその姿は見る影もない乞食そのもの。徳兵衛の配慮でしばらく居候させてもらううち、婿養子に出ないかという話が持ち上がる。先方は資産家で母娘二人家族の美人、気兼ねする人もないという良縁なのだが、たったひとつ、この娘には傷があった……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug431.htm

●桂米朝「鯉舟」
若旦那が東横堀に舟を付け、投網に出かけようとしているところを見つけたのが髪結いの磯七だった。磯村屋とあだ名されるこの男、楽しみごとがあると付いて来ては場を盛り上げる、いわゆる町内の太鼓持ち「町太鼓」というやつで「来るな」というのに一緒にお供するといって聞かない。とうとう根負けして連れて行くと、最初のひと網で立派な鯉をしとめてしまう。さっそく磯村屋がこの鯉を料理にかかると……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug194.htm

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2008/02/17

露の五郎「艶噺初天神」

【世紀末亭】2月17日定期アップ

つい先日、2008年2月4日立春の日に「長唄・連獅子」「筝曲・宮城道雄と古典から」の2タイトル3枚を聴き終え、無事にアナログレコードの虫干しが完了しました。2007年6月1日からの8か月間、テレビ崩壊という突発事件の夜フッと思いついて始めた日課でしたが、終わってみればまだまだ聴き足りない。あと2、3巡いけそうな腹具合です。

好きな曲だけチョイスするのではなく「順に全てを聴いていく」という聴き方、初めて聴いたそのときには耳に合わなかった曲でも、改めて聴き直すとまんざら捨てたものでもないアルバムを発掘でき、レコードの値段にして総額数千円の還元があったような気がしています。

とはいえ、肌に合わなくて聴く機会がほとんどなかったものの多くは、やっぱり最初の印象どおりつまらない演奏であることも再確認され、山と谷の差がいよいよ大きくなってしまってます。こういうのを「耳が肥える」っていうんでしょうか。肥えたところで自己完結、人さまに披露できる批評眼でないことは承知しております。

LPレコードが終わったので、次はCD、その次は音楽ビデオ、そして取り溜めてある劇場用映画ビデオやLD、おっと忘れるところだった、落語のビデオやカセットテープ、MDもありました。今後、定期的に「虫干し大会」をやってみましょう。

ここで虫干しならぬ「蒸し返し」というか、1月20日定期アップで書いた「田辺寄席VS.桂春之輔、結婚披露の会攻防(仮題)」の続編について触れないといけません。というのが、あのとき「某KH師がいかに反論するか? 続きはまたの機会に」と結んだその某KH師(山城彰氏)から親書が届き、騒動は収束を迎えた。と、田辺寄席の広報紙「寄合酒」2月号が伝えたのです。

結果から先に申しますと、山城彰氏の言動によって傷つけられた田辺寄席側関係者が、十分納得するに足る程度の「謝罪文」が送られて来て、全面的に解決した。ということだそうでございます。

肝心の「謝罪文」に関しては、世間の目に触れると都合が悪い文字が並んでいるのかどうか知りませんが、山城彰氏のたっての願いで「公開はできない」ため、具体的に何をどう謝罪されたのかは分かっておりません。公にしないということは「山城彰氏個人対田辺寄席関係者」の問題であるということで、他人のわたしがこれ以上個人的趣味・嗜好の争いに口を挟む立場にないですから、これはこれでお終い。

それにしても、大人気ない言動から始まった問題に大人の対応をしていただけて良かったよかった。もし、上方落語協会がらみに発展するならちょっとは噛み付いてやろうかな、とか思ってたんですがね、ブログネタが一つ減って損した気分です。しかしながら、いろいろと想像巡らす面白い数か月を過ごさせていただきました。

日ごろ落語に親しんでいる落語好きのわたしにしてみれば、騒動は大きければ大きいほど、最後にスト~ンと突き落とされる「落ち・下げ」の爽快感、開放感、満足感がたまらなく、今回の事件についても一大事件に発展するような妄想を描いておりました。

たとえば、酒の席で一杯入った勢いで、下のもんから「兄さん一発かましたげなはれ」と言われたとか、上のもんから「お前行って来いや」とそそのかされたとか、山城彰氏をして行動に駆り立てた原動力は、実はバックに大きな大きな闇組織があったとか……

上方の落語家の中にあって、一人ぐらい悪役路線を突っ走るのも悪くないやないですか、みな聖人君子、良い子ちゃんじゃ面白味に欠けます。落語でもそうです、大晦日に百両持って帰った帯屋久七が、年明け早々新年の挨拶がてら百両返しに来てしまったら噺になりません。極悪人がいてこそ、ちょい悪な人・普通の人が善良に見えるのです。か?

ただね、当事者同士の問題は解決したというものの、第三者のわたしに一つ引っかかって残るのは「繁昌亭」という箱の位置づけでして、落語家との関係(企画運営・演者の招聘・力関係)はどうなっているのか? 上方落語協会との関係はどうなっているのか? この世の中で一番強いのはだ~れ? まッ、知ったところで、舞台のこっち側、客席に座ってるだけのわたしには何の関係もないんですけど。

●露の五郎(五郎兵衛)「艶噺初天神」:弱艶笑噺
落語「初天神」は元来「艶笑噺」に分類されるらしい。たしかに、寅ちゃんが向かいのオッチャンのところで話す父母の昨夜の出来事や、母親に話す十日戎の帰りに寄った御茶屋での出来事は艶笑に属するものであろう。今回ご紹介する五郎(五郎兵衛)師匠の「初天神」は、演題にずばり「艶噺」と銘打ち、どんな艶噺に仕立て上げられているのか大いに期待されるのである。が……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug430.htm

●笑福亭鶴光「無筆の手紙」:上方落語では「平の陰」
無筆、文字の読み書きができない男に手紙が届き、誰から届いてどんな内容なのかを近所のご隠居さんに読んでもらいに行くことに。ところがこのご隠居も実は無筆で、その事実を知られたくないものだから、何のかんのとはぐらかしにかかる。しかし、遂に読まなければならないまでに追い詰めれてしまい、しぶしぶ手紙を開いて読みはじめると……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug193.htm

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2008/02/03

桂米紫(三代目)「魚の狂句」

【世紀末亭】2月3日定期アップ

マイナスイオン・アルカリイオン水・トルマリン・ゲルマニウム・遠赤外線・クロレラ・活性水素……、これらの言葉の後ろに「健康法」とか「効果」とか付けると、いかにも効き目がありそうに聞こえてしまうから不思議です。

上記は世間でよく見かける「擬似科学(商品)」の代表的なものですが、それでは何をして「擬似・似非・偽」というのか? 気になったので調べてみると、な、なんと哲学的には「あらゆる理論の中には、必ず未実証の部分が含まれているため、存在する全ての科学は最終的には疑似科学と区別ができない(Wiki)」のですと。

まッ、そこまで徹底的に追い込まなくても、学校で普通に習った科学的方法、観察、仮説、実験、推論、追試、検証、理論構築。これの繰り返しで「ほぼ定まった説」が導き出されたものが正しい科学。どれか一つでも欠ければ、もっとも欠けたまま最後の理論構築まで行けるわけがないのですが、「擬似・似非・偽」であると思っておいて損はないでしょう。

けど、組織も知識も経験も持たないわたしを含めた一般人が、疑似科学の欠陥を実験や論理で反証し、不正を見抜くのはまず不可能ですから、残念ですけどここは「全てのホニャララ効果・健康法はインチキだと思え」と、消極的に身を守るしかないように思います。

どうして擬似・似非・偽科学なんてテーマを思いついたのかといいますと、先日「うがいは風邪の予防に効果あるのか?」とフッと疑問が湧き、油の切れかけた頭で理を巡らせたことによります。

 1、風邪のバイ菌は喉からのみ進入するのか? 鼻は?
 2、粘膜に取り付いたバイ菌がうがいぐらいで離れるのか?
 3、バイ菌はうがいするまで粘膜でじっとしているのか?

そこでネットを徘徊すればやはりというか、一応京大有志が2003年に我が国で初めて調査して(それ以前は言い伝えだったってこと?)病理・疫学的にうがいと風邪予防のメカニズムを研究するのではなく「ただ単に確率統計的に有効である」との結果を出してるようですけど、個人個人の見解では効果のある人もいれば、ない人もいる。まじないだと思ってやっている。すっきりした気がする。紅茶・お茶なら効く。なんだかなぁ~……

でね、実はもう一つ疑問が湧いているのです。わたしはオシッコをしたあと、石鹸できっちり手を洗わないと気持ちが悪いタチ、というか、そのように学校で教えられて育ったので、そうしてきましたのですけど、これって衛生学的にみて正しい行為、方法なのでしょうか?

科学的因果関係、つまり「どういう理屈でそういう結果になるのか?」を考えたとき「オシッコするときに触ったチンチンは不潔であるから手を洗う」ということです。ん? わたしのモノは不潔なのか……? しかしですよ、冷静に衛生学的に考えると、仮にわたしのモノが不潔であるとしても、オシッコをする前に触っていた外界のあらゆる物の方がもっともっと不潔だと思うのです。

だから本当は「不潔な手でおチンチンに触れてはいけないから、オシッコをする前に手を洗う」が、科学的に正しい。と結論が出かかってるんですけど、やっぱり賛同は得られないでしょうね。

●桂米紫(三代目)「魚の狂句」:弱艶笑噺
友人が訪ねて来た。世間話をするうち「川柳、狂句をやり始めた」というではないか。試しに即興で作らせたところ、思いがけずなかなかうまい歌を詠む、と思ったら全て盗作だった。「そんなことではいかん、自分の歌を作る稽古をしろ」参考になりそうな句を聞かせるが、参考になったのやらならなかったのやら、唐突に「島原へ女郎買いに行くので付き合え」と言い出した。「そんなときこそ、洒落た狂句で謎を掛けろ」と、女性を魚に見立てた狂句を並べるのだが……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug429.htm

●桂米朝「雁風呂」
東海道は掛川宿に、昼食(ちゅうじき)を提供する宿があった。食事を終えた浪人者が、置いてある土佐光信銘の屏風を目にし「松に雁とはわけが分からん、光信とは真っ赤な偽物であろう。かような物を往還の目に触れるところに飾りおって、田舎の宿場というものは」と捨て台詞を残して出て行く。それを見ていたのが助さん、格さんを伴った黄門さま「絵は光信のものに違いないと見た。が、やはり絵柄の意味が分からん……?」思案しているところへ二人連れの旅人が着き、何やら「雁風呂、がんぶろ」としきりに絵を誉めている様子。そこでこの旅人に絵の講釈を頼むと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug192.htm

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2008/01/20

露の五郎「人形の目」

【世紀末亭】1月20日定期アップ

昨年11月4日付けで触れた「わたしとはどんな人間なのか?」の続きです。手話通訳を舞台から下ろしてしまった噺家さんの是非はさておき(さておくんかい)、今回新たに解析の手段となるかもしれない話題を一つ提示してみたいと思います。

ご存知の方はご存知でしょうし、ご存知ない方には知っていただきたいこの話。発端は大阪のさる有名な地域寄席独身男女スタッフ約2名が、寄席の手伝いで毎回顔を合わせるのをいいことに恋に落ち、愛をはぐくみ結婚という生活保障を掴み取ったことから始まります。

スタッフ一同、仲間のおめでたを祝おうと、どうせなら寄席で出来上がったカップルなのだから、寄席で結婚式なんてどうじゃろかい? というような乗りでもって「地域寄席結婚式」なる企画を立ち上げます。事はとんとん拍子に運び、大阪天満宮で挙式し、あの繁昌亭で「披露の会」を行うことが決定しました。

数か月前より準備おこたりなく、会場である繁昌亭との折衝、チラシ配布、前売り券販売、マスコミ対策……、全て順調に、いくわけがありません。繁昌亭の手違いで、押さえた日が「天神寄席」だから日を変えろ、同じく繁昌亭からの命令で、素人(新郎新婦)を舞台に上げることは相成らん。

しかしスタッフも考えよったねぇ、天神寄席を冠に戴いて、客席に仮設舞台を作ってしまえばクリアできるやないの。ということで用意万端整った当日、天満宮では挙式、繁昌亭では祝いの落語会が平行して進み、さて中入り後「結婚披露の会」が始まろうかというその時、突然姿を現わしたのが上方落語協会副会長某KH師匠であった(パンパン、パパンパンッ)

血相を変えて現われた某KH師は「#$%&@*?+¥%$+@¥&%=?……」残念ながら、どのような言葉をおっしゃったのかまでは情報が届いておりません。しかしながら、この会をなじり、新郎新婦をなじり、主催者をなじり、繁昌亭支配人をなじり、地域寄席世話人の文太師をなじり、一方的にまくし立てて待たせていたタクシーに乗って颯爽と繁昌亭をあとにしたのでありました(パンパン、パパンパンッ)

繁昌亭を使っての結婚披露の会が妥当であるか否か、そんなもの個人の嗜好の問題やから何やってもよろしいやないですか。面白いと思う人は行くし、興味が無ければわたしのように行かないと選択できる。貸し会場である繁昌亭、寄付金を集めて作ってもらった繁昌亭、噺家は一円も出資せずに日銭だけは稼でいく繁昌亭、その繁昌亭が了解しての企画なのだから。

上方落語協会副会長某KH師匠の言動が「上方落語協会」としてなのか、それとも「たまたま上方落語協会副会長をしている某KH師個人」としてなのか、落としどころを間違うと面白いことになるのであります(パンパン)。但し、このお話は現在進行中であり、しかも地域寄席側発表のみ、某KH師がいかに反論するか? 続きはまたの機会に、今晩はこれまで。

●露の五郎(五郎兵衛)「人形の目」:艶笑噺
奥さんを亡くした大家の親旦那に、若旦那夫婦は後添えをもらうように勧めるが「もうそんな歳じゃありゃせんがな」と耳を貸そうとしない。それもそのはず、身の回りの世話をしてくれている上の女衆、お絹と何となくそんな関係になっていた。それを知った若旦那、とがめるどころか「大っぴらにやるべきこともできないだろう、店中総出で芝居に出かけ、一日好きなだけ楽しんでもらおう」と策を練る。芝居行き当日、店が空になるのも都合が悪い、というので定吉を残したのだが、それがいけなかった……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug428.htm

●桂九雀「半分雪」:通名は「半分垢」
江戸相撲へ修行に出ていた関取が三年ぶりに戻って来た。さっそく町内の源さんが訪ねるが、長旅の疲れでまだ休んでいるという。お上さんの話では「背は雲に届くかと思うほど大きく、顔はタタミ二枚、目はスイカ、五升のご飯を平らげ、布団二十枚でも手足がはみ出し、帰りの道中牛を三匹踏み潰すほど大きくなって戻った」と言う。奥の部屋で聞いていた関取は出るに出られず、源さんが帰ったあと「立派になって戻ったとベンチャラ言われても、謙遜するのが関取の女房、それを輪を掛けて調子に乗ってどうする」と叱り飛ばし、三島の宿で女衆から聞いた「天を突く富士のお山も半分は雪」の謙遜を語って聞かせた。しばらくして「大きくなった」と聞きつけた熊五郎が訪ねると……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug191.htm

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2008/01/06

桂雀三郎「茶屋迎い」

【世紀末亭】1月6日定期アップ

2008年(平成20年)、明けましておめでとうございます。こちら関西ではちょっと低めの気温ながら、まずまず天気に恵まれ穏やかな年越しでした。空模様に左右される初詣客の減を心配していた神社仏閣屋さんも、ホッと胸をなでおろしていることでしょう。

初詣といえば、信州地方では大晦日から参って、拝みながら年を越すことを「二年詣り」と呼ぶそうです。足かけ二年の二年詣りでしょうね。でも、毎年欠かさず参ってる人は、大晦日の分はその年の元日に参ってるわけですから、二年にならんのやないの? とか、不信心者のわたしは考えたりしてしまうのです。関西じゃ前年から参っていても、年を越したその瞬間が「初詣」ということで、合理的。

そんな不信心者のわたしでも、気が向くと「初詣気分」を楽しみたくなることがあり、以前は夜中にフラッと出かけることがありました。多くは奈良方面、春日大社、手向山八幡宮、東大寺大仏殿を巡り、曇ってなければ帰りに生駒山上に寄って初日の出を拝む周遊コース。バイクに凝っていた頃には数年連続、暗峠(くらがりとうげ)越えもしました。

気分で行くニワカ信者にはご贔屓神社はありませんから、たまに飛鳥の談山神社まで足を延ばしたり、大阪天満宮から高津神社まで松屋町筋(まっちゃまちすじ)をただ迷わず真っ直ぐ歩いたり、自転車ころがして落語「東の旅」で有名な深江笠、深江稲荷神社に参ったり。まっ、世間になんの気兼ねもなく夜中にウロウロ徘徊できるのが楽しかっただけ、のような気がしないでもありません。

一度だけ昼の住吉大社にお邪魔したこともありました。南海電車を降りて太鼓橋を渡り切るまでに1時間とか2時間とか、もう前は人で埋まってるわ、後ろからは次々押し寄せて来るわ、正月早々何をしてるのかと……、それでなくてもイラチなわたしですから前を歩く人の脚を蹴ったり、足を踏んだり。前の人はまさに「踏んだり蹴ったり」だったろうな、と思うのです。でも「踏んだり蹴ったり」したのはわたしなのです。

ということで、今年もよろしくお願いします。

●桂雀三郎「茶屋迎い(J版)」:江戸落語「不幸者」
ノラクラ暮らしている若旦那がある日突然「仕事を覚えたい、ついては得意先の顔を覚えるため、掛けの集金に行ってくる」と申し出た。喜んだ親旦那、言われるまま送り出すと案の定、金を集めて新町の御茶屋に居続け、三日たっても帰ってこない。そこで、小さい頃から馬合いの熊さんに頼み連れ戻しに行かせると、三日たっても戻ってこない。それではというので、店で一番の堅物、杢兵衛を走らせるが戻ってこない。ならば分別のある番頭なら……、やっぱり戻ってこない。最後の手段、親旦那自ら乗り込んで行くと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug426.htm

●桂文珍「茶屋迎い(B版)」:江戸落語「不幸者」
番頭が帳面を付けているところへ若旦那が現われ「商いの勉強がしたい」と言う。算盤の稽古をしてもらうと、すぐに飽きがきて「やっぱり商いというのはお客さんの顔覚えんのが一番や、集金に回ったろか?」請求書の束を渡すとシュッと懐に入れ、暖簾をス~ッとくぐって出て行ったきり五日たっても戻ってこない。どうも集めた金を持って新町の茨木屋に上がりこみ、居続けているらしい。わけを知った親旦那は、手代の久七を迎えに行かせるが、五日待っても戻らない。堅物の杢兵衛をやるが、これも戻らない。ならばと、番頭を……、戻ってくるわけがない。そこで親旦那自ら新町の茨木屋に向かうと……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug427.htm

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2007/12/16

林家染丸「堀川」

【世紀末亭】12月16日定期アップ

年末恒例・日本漢字能力検定協会主催「今年の漢字」、2007年は全投票数90,816票のうち16,550票で「偽」が選ばれています。決定理由はもちろん「ミートホープ」「不二家」「白い恋人」「赤福」「吉兆」「比内地鶏」「マクドナルド」などなど、一連の食品偽装の「偽」ということです。

昨年のこの時期にも「今年の漢字」の話題を取り上げ「鬱」が近い将来選ばれるのではないか、と予想してみたのですが、社会はまだまだ偽装に怒りを覚え「けしからん」と興奮している躁状態のようですので、健全といえば言えるかも。あきれ返って言葉を失い、なすすべもなく黙して鬱状態に落ち込んでしまったら、それこそ恐い世の中になりますものね。

今年も残すところあと2週間あまり(マンネリ常套句)、これも恒例マンネリの重大ニュース選定が進められていることでしょう。「偽」関連が含まれるのは当然として、そのほかどんな出来事を取り上げるのか? てなことは職業ニュース屋さんにお任せしておいて、まことに恐縮ですが、ここで「わたくし事、今年の重大ニュース」で一年を振り返ってみると……

 2月=「まるまる出丸の会」で「中川絹子米朝夫人・なにわ華がたり」当選
 3月=フォーラム@ニフティ、完全終了
 3月=「桂米二MINAMI出張所」で「イチゴ・さちのか」当選
 4月=落語会へは自転車で、本格稼動
 4月=VDSL100メガ光回線、導入
 5月=【世紀末亭】新規追加用音源、底を突く
 6月=「まるまる出丸の会」で「風呂用アロマ蝋燭」当選
 6月=テレビ受像機寿命尽きる、テレビのない生活開始
 6月=LPレコード3枚鑑賞、日課となる
 8月=「田辺寄席」で「次月3公演通し券」当選
 9月=現用パソコン老朽化、買い替え
 10月=朝ドラ「ちりとてんちん」開始、アクセス数上昇
 11月=落語アクセス番付「ちりとてちん」ランクトップへ
 11月=1日平均アクセス数、1000カウント突破
 11月=「田辺寄席」で「演劇『虫』ペアチケット」当選

仮にせよ隠居と名乗った以上、心穏やかに日々を過ごしたい。とは思うものの、ニュース記事を目にしたり、世間と接触したり、生きて生活している以上ドキドキときめく事柄が多く、なかなか思うように心を隠して居することままなりません。まぁ、こんなことでドキドキしてるようじゃ見込みはないですけど。

来年も精神に破綻をきたさない程度の出来事だけが起こることを祈念して、皆様よいお年をお迎えください。

●桂南光「仏師屋盗人」
世間はシシラシ~ンと寝静まった夜夜中(よるよなか)、ベリバリ、ボリバリとネズミが壁をかじる物音に目覚めた仏師屋さん「シャイッ」と追うが、ベリバリ、ボリバリ鳴りやまない。音のする方角を確認すると、それはネズミではなく、誰かが表の戸をこじ開けているのだった。「どなた? いま開けます」と言う間もなく押し込んで来たのは、紛れもない盗人、しかも紛れもなく間抜けた盗人だった。十両盗めば首が飛ぶという時代、この盗人の首は飛んだのだろうか、飛ばなかったのだろうか……?
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug189.htm

●林家染丸「堀川」:別演題は「堀川猿回し」
九尺二間の棟割長屋のお向かい同士で住む家族、片方は酒極道の大トラ息子、片方は無類の喧嘩好き腕力息子、どちらの親も手を焼いている。酒極道の方は毎晩酔って帰っては親を叩き起こすものの、朝になるとちゃんと起きて仕事に出かける。しかし、喧嘩極道の方は朝起きが苦手で、起こしに行けば「ゴ~ン」と拳骨が飛んで来るから、うかつにそばへも寄れない。老母はあの手この手で起こすのだが、やがて手も尽き「今日はそのまま寝かせて……」と、そこへ助けの声を掛けたのは猿回しの与次兵衛さんだった……
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug190.htm

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2007/12/02

桂南光「小言幸兵衛」

【世紀末亭】12月2日定期アップ

霜の降りる時季を迎え、白菜がどんどん白くやわらかくなり甘みを増してきました。白菜大好き人間のわたしはほぼ年中いただいているので、季節の移ろいを白菜の食味変化でも感じ取ることができます。一番美味しいときだけ、旬の食材を旬にしかいただけないミシュランな人よりは、ある意味幸せだと思っています。

先週も、火曜日の夕飯に「白菜と薄揚げとウィンナのたいたん」を作ってみました。いつもですと相方に豚肉を合わせ、味付けは中華風鶏がらダシ塩味にコショウをたっぷり効かすのですけど、今回、後日の都合を考え鰹ダシ醤油味にします。

作り慣れたメニューですから、もちろん美味しくいただき、あとには白菜とウィンナの旨味と甘味を取り込んだダシ汁がたっぷり残りました。ここからが「後日の都合」というやつ、そのダシに追いダシをして、今度は大根と厚揚げとチクワそのほかで「関東煮(かんとだき)」を作り、これが水曜日の晩ご飯になります。(火曜日の夜に仕込んでおくこと、これ豆知識ね)

関東煮を美味しくいただいたあとにも、白菜とウィンナと大根とチクワそのほかの旨味と甘味を取り込んだダシ汁がたっぷり残ります。まだ「後日の都合」が続きますので、これを傷まないよう冷蔵庫で保存し、木曜日のメニュー「みぞれ煮込みうどん」に使用します。適当な具といっしょにうどんを煮込み、下ろし大根をたっぷり入れれば味・ボリューム満点の冬の一品が出来上がり、ダシをすっかりいただいてご馳走さまとなりました。

都合、都合、都合と三日間、ダシを介してメニューを連鎖させ最後のひとしずくまで無駄にしない、貧乏くさいが地球にも財布にも優しい技、これを称して我が家の「食物連鎖」と呼び習わしています。

●笑福亭呂鶴「無い物買い」
暇とエネルギーはあるが金と常識のない男友達が偶然出くわすと、無理やりにでもひと騒動起こさないといけないのが落語のストーリー展開。今回は町の小売店舗に飛び込み、「作ろうと思えば作れるが誰も買わない、だから誰も作らないし置いてもいない」商品を注文して、主人が困る顔を楽しもうというコンセプトのもと、「金物屋」「古着屋」「味噌屋」「和菓子屋」に関する珍商品を考え出すという趣向になっている。考え出された商品が「んなアホな」と笑えると落語になるが、古い噺を古いままやっていたのでは単なる威力業務妨害、犯罪行為で笑えない。演者の力量(改作力・センス)が問われる噺なのか……?
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug187.htm

●桂南光「小言幸兵衛」:上方落語の演題は「借家借り」
小言幸兵衛のあだ名が示すように、幸兵衛さんの一日は長屋の店子(たなこ)を見回り、小言をくれてやることから始まる。家に帰ればゆっくりお茶を飲みながら「かしや札」を見て飛び込んで来る人物を相手に、趣味としての小言を交え、実益としての家主(いえぬし)対応をするのが日課だった。そんなある日、近頃まれな非の打ち所のない、言い換えれば小言を言いたいのに言わせない仕立職人が借家の相談にやって来た。が、そこは小言幸兵衛さん、無理から趣味の小言が口をついて出るのだった。その小言とは……?
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug188.htm

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